ストーリー作りではこれまで苦労したことがない
――この独特な絵柄はどうやってできていったんですか?
入江 自分では高野文子先生のマネだと思っていたんですが、みんなには全然似てないと言われてました。まあ似せられなかったのがよかったと思いますが。
――なるほど、雰囲気は感じます! ちなみに投稿時、少女マンガ誌は考えなかったんですか?
入江 たしかにいち読者としては少女マンガのほうが好きだったんですけど。その頃は「JUNE」[注25]とかに載ってる作品が好きで。
――「BL」じゃなくて「少年愛」といわれていた時代ですね。今よりマニアックな存在で。
入江 それがちょっと恥ずかしかったのと、あと少女マンガ誌の美しい絵が自分には描けないということもあり。くらもちふさこ先生とか、小椋冬美先生[注26]の絵には憧れていたんですが。
――四季賞をとってから、そのあとは?
入江 幸運にも入賞作の『杯気分!肴姫』[注27]がそのまま連載になったんです。……なんか私、図々しいですよね。
――それが才能ってことじゃないですか。マンガ歴も浅いのにいきなり連載が始まって、お話を作るのは苦労されませんでしたか?
入江 ストーリーを作ることでは、これまで苦労したことがないんですよ。
――ええ〜!?
入江 小さい時から、お話を考えることが趣味だったからかなと思います。寝る前にひとつ考え、朝起きてひとつ考える。それこそ火野正平さんを主人公にひとつ、厩戸皇子でひとつとか。家でふとんに転がって天井を見てる時が、好きな時間でしたね。
――文章やマンガというかたちに残さなかっただけで、ドラマ作りを日常的にしていたんですね。
入江 まあ、結局は考えてもヘタで描けなかったってことなんですが。今でも絵がヘタなことがすごくコンプレックスで。「BE・LOVE」が届くと、ぱらぱらっと見て落ちこむ。漫画家になってからずっとそうなんです。ほかの人の絵を見ちゃうと、みなさんあまりにも上手で……。
――でも、デビュー当時から一度見たら忘れられない、個性的で味のある絵ですよね。
入江 滝田ゆうさん[注28]みたいな絵になっていけばいいな、なんて思った時期もありました。そこを目指したかったですが、いまだに中途半端で。昨日もカラーが描けなくてあたふたしてたら、そんな時にかぎってダンナが横で怒鳴ってたりして(笑)。
――ご主人の新井先生とは同じスペースで仕事をしてるんですか?
入江 いえ、階が違う部屋で仕事してます。私の仕事部屋に入ってくると、ヘタで見せたくないので隠したりして。私のマンガも読んでほしくないです(笑)。
――入江先生は新井先生のマンガを読んでますか?
入江 読みますけど、残忍な場面が多くて閉じちゃったりすることもあります。いちばん最近は『キーチ!!』[注29]のラストを読んで、「うわー、すごいカッコいい!」と言ったことだけは覚えてますが。
――新井先生とお互いの作品の話をしたりは?
入江 あまりないですね。ダンナがよくするのは自分が観た映画の話とか……。私も観ようと思ってるのに細部まで細かく、結末までしゃべっちゃう。これだけ聞いたらもう観なくていいかと思うんですけど、本人は「こんなにおもしろいんだからぜひ観てくれ」と伝えたいつもりらしいです(笑)。
ママ友×理想の頑固男像から生まれた『おかめ日和』
――『杯気分!肴姫』は居酒屋が舞台、『のんちゃんのり弁』[注30]はヒロインが小料理屋で働いていますが、入江先生のご実家も小料理屋だったそうですね。
入江 看板が出てなくて、ちょっと入りにくいタイプの小料理屋でした。ですので、家に帰ると母が下準備しているのを横目に、カウンターでお菓子を食べたりしてました。落語や演歌がかかっているなかで。
――その頃見聞きしたことが作品に反映されている?
入江 お店の様子はちょいちょい見てましたけど、10代の頃は店にくるお客さんは大嫌い、あいいれないと思ってましたね。でも、父が料理を作っているのを見るのは好きで。そこは作品を描くうえでも参考になっています。
――そういったお店に飲みにいくのも好きですか?
入江 20代後半からは好きになったんですけど、常連然とするのは苦手ですね。マンガに描くぶんには楽しいんですけど、自分が店の主人とツーカーみたいになるのはちょっと……たどたどしくなってしまうんですよね(笑)。
――初の女性誌連載となった『おかめ日和』は、なんといってもやすこさんのキャラクターが新鮮でした。
入江 あれはママ友だちがモデルなんですけど……当人、ホントにあのとおりの人なんです。あまりにもおもしろい人なので「描いていい?」って聞いて。幼稚園のクリスマス会で前のチャックが開いてたりするんです。うちのダンナがそれに気づいて「ちょっと言ってあげて」とか……。
――うわ、ホントにやすこさんそのものですね。なんでも受けいれるおおらかなキャラなのに、全然偽善的じゃないんですよね。
入江 彼女の過去までは知らないので、やすこの学生時代を描いた「なれそめ編」の部分は創作ですが。
――「なれそめ編」を描いてくださってうれしかったです! 当初はすごく無理そうなのに、やすこさんがじわじわと岳太郎にとってかけがえのない存在になっていく過程が読みごたえがあって。
入江 岳太郎のモデルは、11代市川團十郎さん[注31]で……というか正確には宮尾登美子さんの『きのね』[注32]という小説に描かれた、團十郎をモデルとした男性キャラクターです。團十郎は、今の市川海老蔵さんのおじいさんに当たります。『きのね』は編集さんに「これ、絶対好きそうだから」とすすめられて読みました。かつて女中さんだった人が、梨園のスターの奥さんになる物語です。まさに「これを描きたい」と思ったんですが、歌舞伎界のタブーにも触れる内容なので無理だろうと。
――『昭和の男』[注33]といい、『おかめ日和』の岳太郎といい、入江先生はホントに武骨な男性キャラが好きですよね。
入江 うちの父親も頑固でした。ダンナの日々の文句の言いっぷりとかは、岳太郎に近いかもしれません。
――ズバリ、そういうタイプがお好きなんでしょうね。
入江 つきあうとやっかいなんですけど、そういうことになるんでしょうね(笑)。でも、マンガに描いたら楽しいんじゃないの、と。
――岳太郎の描きかたも、いわゆる少女マンガの「ぶっきらぼうだけどカッコいい」的な男性キャラの域を超えてますよね。でもその理不尽さも、子どもっぽいかわいげに感じられます。
入江 あとはエレカシのミヤジが持っている文学性とか、そうした要素も入っているかな。
――『おかめ日和』で、初めて女性誌に描くにあたってシフトチェンジしたことはありましたか?
入江 いえ……まずは、とにかくうれしかったですよ。「私、女性誌で仕事してもいいんだ」と。今も、周囲に憧れの先生がたくさんいる環境で描けてありがたいと思っています。青年誌も好きですけど、一番読んできたのは少女マンガなので。
――やすこさんは本当にかわいらしくて……これ、上から目線ではなくて、マンガのなかにかつていなかった魅力あるキャラとして、純粋にほれぼれするんです。たかこもそうで、どんな人物なのか知りたいなという気持ちで読んでます。
入江 ありがとうございます。これからもがんばって描いていきますので、最後までたかこにおつきあいいただけましたら幸いです!
『たそがれたかこ』第4巻は3月13日発売!
第4巻の帯には、『モテキ』『恋の渦』などで知られる映画監督・大根仁監督の絶賛コメントも載っています!
- 注25 「JUNE」 マガジン・マガジン(創刊時はサン出版)が発行していた女性向け雑誌。男性同士の同性愛をテーマに“耽美”なマンガ、小説を掲載していた。「JUNE系」と呼ばれる独特なサブカルチャー文化を生んだ。
- 注26 小椋冬美 漫画家。代表作に『リップスティック・グラフィティ』『さよならなんていえない』など。
- 注27 『杯気分!肴姫』 入江先生のデビュー作。若女将・あや奈と無口な板前・イワオが切り盛りする小料理屋を舞台にしたほろ酔い系人情ドラママンガ。
- 注28 滝田ゆう 漫画家、エッセイスト。代表作に『寺島町奇譚』『ぼくの昭和ラプソディ』『滝田ゆう落語劇場』など。大の酒好き、飲み屋好きとして有名。1990年に肝不全のため58歳で他界した。
- 注29 『キーチ!!』 2001年から2006年にかけて「ビッグコミックスペリオール」(小学館)にて連載された新井英樹のマンガ。主人公の少年・輝一(きいち)の数奇な運命を描く。
- 注30 『のんちゃんのり弁』 1995年から1998年にかけ「モーニング」(講談社)にて連載されたマンガ。小料理屋で働きながらお弁当屋開業に向け奮闘する主人公・小巻の姿を描く。1997年と1998年にテレビドラマ化、2009年には映画化もされた。
- 注31 市川團十郎 11代目市川團十郎。美貌と華のある芸、美声で海老蔵時代には「花の海老様」と呼ばれ一世を風靡した。戦後歌舞伎を代表する花形役者。
- 注32 『きのね』 宮尾登美子による小説。11代目市川團十郎の妻・千代をモデルにした女性が主人公。
- 注33 『昭和の男』 2004年に「モーニング」(講談社)にて連載されたマンガ。全2巻。主人公は昭和ヒトケタ生まれの頑固ジジイな畳職人。
取材・構成:粟生こずえ