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『大逆転裁判』ディレクター・巧 舟氏×シャーロック・ホームズ研究家・北原尚彦氏 スペシャル対談! 「ワトソン」?それとも「ワトスン」? 頭を悩ます翻訳問題【総力リコメンド】

2015/07/22


翻訳から生じるニュアンスの違い

――今回のゲームでは、第2話の冒頭にアフガニスタンのネタ[注13]が入っていましたね。

 そうですね。やっぱりホームズに言わせたいなと。最近、ネットの世界があまりにも発達しているので、すぐにホームズのネタを検索できるじゃないですか。最近、たいていのパロディ作品でバリツ[注14]が出てくるので、じゃあ僕は使わない、とか、ネタの選択には悩みますね(笑)。

北原 ホームズ・パスティーシュを書く人は、みんなコカイン[注15]とか、ホームズの下宿の階段が17段であるところなど、読者にわかりやすくホームズ要素を詰め込もうとしてしまうのですが、やりすぎてしまうと不自然になってしまうんですよね。私もパスティーシュを書いていて、ホームズらしさを出す塩梅を調整するのが、とても難しいです。

 マニアックすぎても読者に気づかれないし、ネタの選別は本当に難しいですね。調べてみると、ホームズの名言として世に広まっているもののなかには、原作で言ってないものもあったりして。でも、原作で実際にホームズが言っていたかどうかという判断基準に縛られすぎず、ホームズといえばその台詞だから言わせよう、という考え方をするようにしました。

北原 たとえば「初歩的なことだよワトソンくん」という台詞は、原作では言ってないんですよね。「なに、初歩さ」とは言っているのですが、有名な「Elementary, my dear Watson.」は、芝居や映画などで使われて普及したんです

 そうなんですね。僕たちは日本語で書いていますから、翻訳問題も気になるところがありますよね。『シャーロック・ホームズ 全集』の決定版というか、豪華装丁本で愛蔵したいといつも思っているのですが、なかなかないんです。これは、と思っても、訳されたタイトルを見て、踏みとどまってしまったりして。たとえば、「緋色の研究」[注16]が、新しい訳で「緋色の習作」になっていたりしますよね。もちろん、意味としては正しいのでしょうが、なんだか馴染めなくて。、僕が阿部知二(訳)派だからでしょうか(笑)。

北原 どちらが正しいとは言いきれないんですよね。「A Study in Scarlet」の「Study」には複数の意味が込められていて、研究だけの意味でもないし、習作だけの意味でもないんです。

 「四つの署名」[注17]も、実際は署名じゃないらしいじゃないですか。

北原 あれは要するに自分の名前を書けない人がサインがわりに書くマークのことなので、「印」ぐらいがいいんですが、日本語で「署名」だとニュアンスがちょっと違っちゃって。

 最初の人が、「四つの印」とかにしてくれればよかったのかもしれませんけど、「四つの署名」っていう素敵なタイトルをつけたがために、それ以外受けつけない体になっちゃったんですよ。

北原 それはねえ、わかりますよ(笑)。

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シャーロッキアンならば、一度はお目にかかりたい北原さん所蔵の「ストランド・マガジン」の本物(写真左)と、イーカプコン限定版の『大逆転裁判』に付属する「ランドストマガジン風 A5ノート」(写真右)。※イーカプコン限定版は完売しております。

 「美しき自転車乗り」[注18]と「孤独な自転車乗り」も違うとか。

北原 あれは原題が「The Adventure of the Solitary Cyclist」ですから、直訳すれば「孤独な自転車乗り」なんですが、「自転車乗り」が指しているのは、誰なんだという問題があります。作中のスミス嬢のことなのか、彼女を尾行している男のことなのか。「美しき自転車乗り」はいいタイトルだし分かりやすいですが、スミス嬢だと限定してしまいますよね。

 細かい台詞でも、「僕の耳元で『ノーベリー』とささやいてくれたまえ」ってあるじゃないですか。あれもスペルを見ると、本当にノーベリーでいいのか、ノーバリーなのか。日本語と英語の壁を感じたり、地味なところで発見がありました。どれが正しいのやら……。

北原 そこはもう、開き直っちゃえばいいんですよ。俺の世界ではこれだ!くらいの勢いで(笑)。

 たしかに! 勇気が出ます(笑)

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巧さんと北原さんお2人のサインが入った、読者プレゼント用の色紙。『逆転』シリーズWEB公式ファンクラブ「逆転通信」(入会・年会費無料)にて8月10日までプレゼントキャンペーン中なので、ぜひ登録してご応募ください!

――巧さん、北原さん、ありがとうございました!


  • 注13 アフガニスタンのネタ 原作のワトソンは、ホームズと出会う前、第二次アフガン戦争において軍医として戦場に出て負傷したことを、ホームズに初対面で見破られている。『大逆転裁判』にも、主人公・成歩堂龍ノ介がホームズに出会い頭にいきなり「きみはアフガニスタンから亡命してきたのだろう」と推測されるくだりがある。ただし、これはホームズのあまりにも鋭すぎる観察眼から生まれた“超推理”である。これ以上はネタバレになってしまうので、真相はゲームをプレイしてお確かめを。
  • 注14 バリツ あらゆるシャーロキアンが一度は憧れるであろう、ホームズの習得している日本式格闘技。柔術がモデルともいわれる。
  • 注15 コカイン 原作においてホームズは退屈しのぎにコカインを使用し、ワトソンにたしなめられている。ただし当時、コカインの使用は違法ではなかった。
  • 注16 「緋色の研究」 記念すべき『シャーロック・ホームズ』シリーズ第1作。ホームズとワトソンの出会いに加え、2人が解決する最初の事件が描かれる。
  • 注17 「四つの署名」 『シャーロック・ホームズ』シリーズ第2作。「インド大反乱」の最中に、イギリス将校が手に入れた財宝を巡っての殺人事件が描かれる。
  • 注18 「美しき自転車乗り」 『シャーロック・ホームズの帰還』に収録されている短編。多忙なホームズのもとを訪れた婦人の依頼は、自身をストーキングする男をなんとかしてほしいという、どこにでもあるようなものだったが、事態は思わぬ方向に……。

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