『バーナード嬢曰く。』の発想も『鬱ごはん』に近い
――一方、昨年度に一迅社から刊行された『バーナード嬢曰く。』は、『鬱ごはん』がグルメマンガというジャンルにおける異色作だったように、これまた昨今多い“読書マンガ”というジャンルに波紋を起こす一作でした。読書家ぶりたい女子高生、通称「バーナード嬢」の言動が、いちいち痛々しかったり、その一方で共感して赤面したり……。
施川 やっぱり、発想としては『鬱ごはん』に近いです。読書家=優等生=いい話みたいな読書マンガが多くて、不満があったんです。本をそんなに崇め奉らなくてもいいんじゃないかと。もっとフランクな距離感で、読みもしないで文句を言ったり、読んでないけど読んだふりしていたいとか……そういう感覚が、いい悪い抜きにして普通なんじゃないかって。というか、そういう横着なニワカ層が存在しないと、そもそも読書市場は成立していないはずだって思ってました。
――主人公が「読むのめんどくさい」とか「ツウぶれる本を教えて」とか言っちゃう軽さ、正直さが、なんとも痛快です。
施川 主人公をいけ好かないやつにはしたくなかったんで、そこは気をつけました。すごく薄っぺらな動機で読書家に憧れている、天真爛漫なキャラクター。それが神林みたいな読書家に的確に突っこまれることで、大目に見てもらえるかなと。
――神林さんもいいキャラですよね。SFマニアだけど、サンリオSF文庫[注13]を1冊も持ってないことを告白する時の、はにかんだ感じがかわいい!
施川 SF好きの世界では、「SFマニアを名乗るなら最低1000冊は読んでないと」とか言われてるらしいです。でも、実際読もうとして、(読むべきと言われる)20冊目くらいに出てくるようなメジャー作品でも、中古しか売ってなかったり。手に入りにくくて有名なサンリオSF文庫とか含めて、1000冊以上読んでるSFマニアの人たちは、実際何人くらいいるんだろう、という疑問もあったり……。
――たしかに。読んでいるかどうかで優越感や劣等感を感じるのって、読書としては本末転倒ですよね。
施川 「これは必ず読みなさい」みたいな態度には抵抗を感じたりするけど、薦める立場になったら、言いたくなる気持ちもわかったりして……そういう滑稽さをネタにしてます。
――とはいえ、なんだかんだで『バーナード嬢曰く。』を読んでいると、登場する本が読みたくなってきます。
施川 本の内容をがっちり紹介することはできるだけしない、とは決めていたんですけど。ぼく自身、他の読書マンガを読むとき、本の内容を紹介するくだりは結構読み飛ばしてるんです。それはただのうんちくであって、大事なのは本を通して垣間見えるキャラクターの価値観とか、別の部分だと思います。
――なんとなく雰囲気が伝わるくらいの紹介にとどめているのがいいのかも。個人的に一番ひかれたのは、レイモンド・F・ジョーンズの『合成怪物』[注14]です。
施川 たしかに、「『バーナード嬢曰く。』を読んで、これを読みました」みたいな……作品の感想といっしょに、そういう報告はけっこういただいていますね。
――全国の書店や学校の図書室で、『バーナード嬢曰く。』と作中に登場する本を並べた棚を作ってほしいですね。
施川 ぜひそうなってほしいです!
時代の空気感を反映したかった『オンノジ』
――昨年刊行の3タイトルもバラエティ豊か、さらに『少年Y』の原作担当と、施川先生の仕事ぶりは本当に幅広いですね。
施川 同じことだけやってると不安になるんです。……飽きっぽいとも言えるんですけど。それと、もともとぼくは不条理系の4コマでデビューしたわけですが、ある時から「時代に合わなくなるんじゃないか」という危機感を感じていたせいもあると思います。
――でも、施川先生の初期からの持ち味である言葉遊びのおもしろさなどは、今でもすべての作品に、いろいろなかたちで生きているのではないでしょうか。
施川 それはあるかもしれません。
――言葉遊びネタなどは、日頃からネタを書きとめたりするんですか?
施川 デビューした頃はネタ帳に書いてましたけど、今はほとんどやらないです。マンガを描く時、ネタ先行ではなく、このお題にどうオチをはめこむかを考えることが多いので。単独のネタとしてはいまいちだったとしても、このキャラクターに言わせればおもしろいっていうことがありますから。
――キャラに合致しているかどうかがポイントなわけですね。作品を作るうえで、信条としていることは?
施川 この作品で何をやりたいのか、目的を明確にして臨むことです。
――それは、デビュー当時から?
施川 いえ、デビューの頃は代表作を描いているような気持ちで、具体的な目的はなく、普遍的なものを目指そうとしてたと思います。でも、同じことを何作も続けても意味がないと思えて、いま描くべきものを描くことが大事だと……作品をあとから振り返った時に、時代とか、その頃の自分とかが反映されていればいいなと思うようになりました。『オンノジ』はちょうど震災直後だったし、自分の感じてる空気感がうまく描ければ……と思っていました。
――1年、2年、10年と、時を経てから『オンノジ』を読むと、今とはまた違った感慨を得られそうです。
施川 『オンノジ』は描きながら、ぼく自身も先が読めなくはありましたけど。でも、話をあらかじめ詰め過ぎると、小さくまとまってしまったりする場合もあります。あまり決めずにやっていったからこそ意外なところに着地しつつ、「あ、自分が描きたかったのは、こういうことだったんだ」と思えた作品です。
――「何をやりたいか」がブレないから、そこに行き着けるわけですね。では、今回のインタビューで『少年Y』の原作者「ハジメ」の正体を初めて知った施川ファンの方々も多いかと思いますが、最後にそんな読者の皆さんにメッセージをお願いします。
施川 新たに『バーナード嬢曰く。』も『サナギさん』も描いてますし、『少年Y』は今まで自分が描いてきたどのマンガとも違っていて新鮮だと思いますので、ぜひご一読いただければと思います。
――施川先生ファンのみなさん、『オンノジ』や『鬱ごはん』、『バーナード嬢曰く。』、『サナギさん』と一緒に、ぜひ『少年Y』も読んでみてください!
- [注釈13]サンリオSF文庫 ハローキティやけろけろけろっぴで知られる株式会社サンリオが、1978年から1987年にかけて刊行していた、SF作品を専門に扱う文庫レーベル。流通数が少なく、絶版となった作品は高額で取引されていることで知られる。
- [注釈14]『合成怪物』 米国のSF小説家であるレイモンド・F・ジョーンズの作品で、原題は”The Cybernetic Brains”。岩崎書店から児童向けの翻訳で、『合成脳のはんらん』(「SF世界の名作」シリーズ)、『合成怪物』(「SFこども図書館」シリーズ)、『合成怪物の逆しゅう』(「冒険ファンタジー名作選」シリーズ)と、3度にわたって改題され、刊行されている。優秀な科学者の脳を集める政府と、科学者たちの脳の反乱を描く。
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取材・構成:粟生こずえ・編集部 撮影:編集部