『ビートたけしのTVタックル』のアニメ規制特集が物議を醸したことは、記憶に新しい。
だが、「社会の圧力との戦い」では、アニメよりもマンガのほうが、はるかに先輩だ。
すでに「悪書追放運動」が起こった1950年代には、手塚治虫の『鉄腕アトム』が、見せしめに校庭で燃やされた学校もあったという。「週刊少年ジャンプ」で連載されていた永井豪の『ハレンチ学園』などは叩かれ方もすさまじく、マンガの弾圧に狂乱する人々と作者の戦いが『デビルマン』終盤の展開に影響を与えたのでは、という見解すらある。
そんな数々の先人たちが戦い抜いて勝ち取った「マンガの未来」が、まさに“今”なのだ。
しかし、今年6月に児童ポルノの単純所持を禁止する「改正児童ポルノ法」が成立。有志の働きかけによって、マンガ・アニメといった「被害者の存在しない創作物」は、かろうじて規制の対象外とされたが、マンガの表現を締めつける輪は、国政レベルで狭まりつつある。
今、いったいどういったジャンルが「規制の境界線上」にあり、マンガの自由は、どこまで守れるものなのだろうか? 前述の『TVタックル』にもコメント出演した、ライターの多根清史さんに、あまり肩ひじを張ることなく、ポイントを整理していただいた。
トリッキーな手法で「エロ」の壁を越えよ!!
『ToLOVEる ダークネス』第12巻
矢吹健太朗(画)長谷見沙貴(作) 集英社 \438+税
ちょいエロありラブコメ作品のなかでも、『ToLOVEる ダークネス』は、大事な部分は直接的には描かず、「瞳や水滴に(それらしい何かが)映っている」といった、規制回避のトリッキーな表現革命を続けるトップランナーだ。
本作の主人公・リトは、草食系で周囲の美少女たちにアタックされてもソノ気はなく、あくまで彼が恩恵を受けるのは「ラッキースケべ」である。けっして故意ではないリトの、(読者から見ると)絶品な指使いといったら……。
前作『To LOVEる』は、「週刊少年ジャンプ」本誌での掲載だったが、本作はやや年齢層が高めの「ジャンプスクエア」に掲載されたことで、ゾーニングも抜かりなしといえる。
ちょいエロマンガの将来は、リトの肩にかかっている!?
近親相姦・教師と生徒……倫理的にヤバイ恋と愛
『あきそら』第6巻
糸杉柾宏 秋田書店 \552+税
「義理」に逃げず、ガチの姉弟の恋愛を描いた『あきそら』は、そのモチーフゆえに都条例での規制が懸念され、著者自ら「事実上の絶版」と語った。
しかし、成人向け雑誌でも扱いにくい近親相関のタブーに踏み込んだ本作の試みは、たいへん貴重であったといえる。
ほかにも、私屋カヲル『こどものじかん』は教師と小学生の恋愛を、宇仁田ゆみ『うさぎドロップ』は育ての親と娘の恋愛を、それぞれ真正面から扱っていた。
恋愛テーマではないが、三浦建太郎『ギガントマキア』の、幼女が股間から屈強な男に液体をぶっかけるシーン(あくまで治療行為です!)も、倫理のフロンティアに立っている描写である気がするが、なにぶんあちらは1億年後の世界が舞台ですから。
過激なバイオレンス!
『シグルイ』第15巻
南條範夫(作)山口貴由(画) 秋田書店 \552+税
暴力表現の規制がキツい海外と比べ、日本の暴力規制は、ややゆるめと言える。
『シグルイ』では、剣豪・岩本虎眼が興した流派「虎眼流」が、他流の剣士を伊達(だて)にして帰す人体欠損描写(耳や鼻がたいへんなことに……)が多々あったほか、主人公やライバルは最終的に腕や視力を失うのだが、アニメ版も含め、特に規制はなし。
「失えば失うほど強くなる」という世界観が、あまり陰惨な印象を与えなかったことも大きいだろう。
もっとも、油断は禁物。寄生虫を利用した犯罪者と戦うストーリーゆえに、暴力・恐怖表現を多く含んだ筒井哲也『マンホール』を、長崎県が著者になんの連絡もなく、有害図書類に指定したケースがあるのだから。
性的表現でいえば、江戸時代の春画まで有害図書とした気まぐれな判断(平成21年審議会)もあり、いつマンガにおける表現の自由が奪われるかは、わからないのだ。
カニバリズム表現は多少おおらか?
『アシュラ』上巻
ジョージ秋山 幻冬舎 \648+税
人(の形をしたもの)が人を食らう、カニバリズム表現については、時代が下るにつれおおらかになってきていると言ってもいいだろう。
1970年に連載が始まるや、平安時代末期に死屍累々が腐っていく描写が10ページ以上続いたあと、生きている女性が人肉を食った『アシュラ』は、当時掲載されていた講談社の「週刊少年マガジン」が全国的に有害図書に指定され、未成年への販売が禁止される事態となった。
それから40数年。同じ講談社の「別冊少年マガジン」に連載している、諫山創『進撃の巨人』の展覧会「進撃の巨人展」が行った、とある「試み」に注目したい。都営大江戸線六本木駅にて、10月6日から1週間限定で、巨人たちの“食事”を一部画像修正したデジタルサイネージ広告を、大々的に展開したのだ。
原作で巨人に食べられているのは人間たちだが、広告では人間がフライドチキンやハンバーガーに「自主規制」として差し替えられていた……!! やはり世間の目は厳しかったのだろうか……。
って、いやいや、累計4000万部突破した大ヒット作、アニメでも思いっきり人間を召し上がってますから!
あくまで業界の自主規制を逆手に取ったジョーク広告。シャレのわかる社会になってよかった。
この広告、実際に「進撃の巨人展」(2014年11月28日から2015年1月25日まで「上野の森美術館」で開催中)で見られるので、ぜひ足を運んでみよう。
時事問題とシンクロしすぎ!?
『白竜LEGEND 原子力マフィア編』上巻
天王寺大(作)渡辺みちお(画) 日本文芸社 \590+税
『白竜LEGEND』の「原子力マフィア編」が、2011年3月18日発売号で突如休載されたとき、ネットでは「圧力がかかったのでは……」とささやかれたりもした。
東京電力を思わせる「東都電力」、“新潟二の羽”と言いながらも福島を彷彿させる原発や城下町の描写、「主要配管が吹っ飛べばチェルノブイリ級の事故が起きる」というセリフなど……。本作の表現が、東日本大震災後の福島原発事故の顛末と、ほぼ一致していたのだから無理はない。
ただ、序盤からすでに東都電力の「深い闇」はほのめかされており、連載が5回目を過ぎてから圧力をかけたとすれば、のんきすぎる。発行元の日本文芸社がいう「震災による被害状況を踏まえた出版社としての判断」という言葉も、2013年に連載が再開された事実から考えるに、おそらく本当なのだろう。
そして今年3月には、めでたく『白竜LEGEND 原子力マフィア編』上下巻として、コミックスにまとめられて発売した。
以上、近年の「マンガの表現規制問題」に関するポイントを、ややライトな切り口で、ざっと振り返ってみた。
マンガの自由、いつまでも守りたい!
<文・多根清史>
『オトナアニメ』(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。著書に『ガンダムがわかれば世界がわかる』(宝島社)『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)、共著に『超クソゲー3』『超ファミコン』(ともに太田出版)など。