聡子の上司にして元カレ・椎川という男は、このうえなくうざいヤツだ。たとえば……
1.職場で「聡子、聡子」と下の名で呼びかけてくる。
2.ボディタッチが多く、気やすく飲みに誘ってくる。
3.「最近かまってくれないね」など言動が思わせぶり。
などなど……。
恋愛の記憶に関して、女は上書き(消去型)、男はフォルダ管理(保存型)とよく言われるが、聡子(昔の女)にいつまでも自分の息のかかった何かのように絡んでくる椎川は、まさにバカ男の典型である。
しかもこの男、「フモーじゃなければいいの?」と意味深に誘いだした聡子との飲みの場に、いきなり聡子にとって衝撃の人物を連れてくるお粗末さ……。
揺さぶられ、肩すかしを食らった失意のなか、ふらふらと公園に向かう聡子。
そこに待っていたのは、レギュラー試験に落ちた真修だった。
「辞めなきゃいけないんです……意味のないことを続けても虚しいだけだ」
真修の口から、真修への愛情が感じられない「親の言葉」を聞いたとき、普通にしているけれど、じつは孤独を抱えている聡子の心が、真修のそれに共鳴を始める……。
真修を連れて帰った家のなか、椎川の仕打ちに聡子は静かに涙する。
そんな聡子を、真修はそっと抱きしめた。
「お母さんが、悲しい時は人の胸の音を聴くといいって」
これぞ本作を「マンガ史上最も美しい第1話と言わしめた名シーンである。
30歳の大人の女の人知れない孤独を、12歳の少年のピュアな優しさが、やわらげていく……。
これは、30歳と12歳、大人と子ども、親子ほど年の離れた、しかし男女である2人の物語。
聡子の淡々としたモノローグとともに進むストーリーは、静かで優しく、全体に透明感あふれるものとなっている。そして、作者・高野ひと深氏の、心理にグッと迫る人物描写と圧倒的画力が、読者を物語へとぐいぐい引きこむのだ。
第1巻には第4話までが収録されており、第2話では真修のサッカーの試合(真修は応援)を聡子が観にいく話が、第3話では真修の学校を舞台に彼の真の優しさが描かれている。
そして第4話で、2人は回転寿司デートへ……?
少年・真修がほんの少しずつのぞかせる男っぽさ。近づいていく聡子と真修の心の距離。
聡子に芽生えた感情は、母性なのか、それとも別の感情なのか……。
本巻中に、赤面するような色っぽさは、まだない。胸くそ悪くなるような悪意も、まだない。
まだないが、これからもないとも言えない。
なぜなら、どんなにピュアで透明感をともなっているとしても、いっしょにいることがどこか不自然な2人ではあるのだから……。
聡子と真修、そして2人をとり巻く環境、待ち受けている境遇が、決して哀しいものでないように……今はただ祈るばかりである。
<文・藤咲茂(東京03製作)>
美酒佳肴、マンガ、ガンダム、日本国と陸海空自衛隊をこよなく愛し、なんとなくそれらをメシのタネにふらふらと生きる編集ライター。