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『サチのお寺ごはん』『のの湯』原案協力・久住昌之インタビュー 漫画家さんに楽しく描いてもらいたい――とにもかくにも現場は楽しくなくちゃダメ!

2016/03/24


人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。

今回お話をうかがったのは、久住昌之先生!

『サチのお寺ごはん』『のの湯』をはじめ、数多くの作品で「原作」「原案」を務める久住昌之さん。
単なる原作/原案者の域を超えた、久住さんの柔軟かつカッコイイ仕事ぶりや、デビューから現在まで、“久住ワールド”の根底に流れるアレの話など、笑いが絶えない、取材現場の雰囲気もひっくるめてお楽しみあれ!

久住先生のインタビュー第1弾はコチラから!
『サチのお寺ごはん』第1巻の「日刊マンガガイド」はコチラから!
『のの湯』第1巻の「日刊マンガガイド」はコチラから!

著者:久住昌之

東京都三鷹市出身のマンガ原作者、漫画家。エッセイスト、装丁家、ミュージシャンなど多くの顔を持つ。実弟で絵本作家の久住卓也とコンビを組んで「Q.B.B」としても活動。1981年、泉晴紀とのコンビ「泉昌之」名義で、マンガ雑誌「ガロ」(青林堂)にて短編マンガ『夜行』で漫画家デビュー。代表作の『孤独のグルメ』(作画は谷口ジロー)はドラマ版も大ヒットし、自身も毎回ミニコーナーに出演している。


女性が主人公だから
あえて漫画家さんに完全おまかせ

――『のの湯』も『サチのお寺ごはん』も、女性の目線で久住ワールドが展開されていくわけですが、男性の場合と比べて、違いってあります?

久住 特にないかなあ。主人公の女性目線とか、意識しちゃうとやりにくいです。いちいち話作りが止まっちゃって。『百合子のひとりメシ』【注1】がそれですごく苦労して、すんなりうまくいかなかった。その経験があって、『花のズボラ飯』 の主人公の花は女性だけど、中身はほとんど僕のままでやったんです。そしたらノリが出て、僕のなかで成功した。
ただ、『のの湯』と『サチのお寺ごはん』に関しては、描く人が女性なので、かねもりさんと釣巻さんの目で描いてもらいたいなって、完全におまかせして。結果、女性目線だなーっていうのは出てますよね。合コンとか、下着がどうとかいう女性同士の会話は、僕からはひっくり返っても出ないんで(笑)。

――たしかに(笑)

友だちといっしょに銭湯に入りながら恋バナ。これが久住さんのアイデアだったらある意味すごい。

友だちといっしょに銭湯に入りながら恋バナ。これが久住さんのアイデアだったらある意味すごい。

久住 僕、釣巻さんのお父さんが知りあいでデザイナーさんなんです。で、娘さんである釣巻さんの絵を見たら、お父さんみたいに細かく描き込んでて、ファンタジーぽい絵だったから、ファンタジーみたいな感じで銭湯を描けたらおもしろいなと思ったんですね。だけど、そういう風にしてくださいって言ったらおもしろくないから、まずは普通に銭湯行きましょうって。こことかこことか行ってみて、なんかおもしろいアイデアが浮かびそうだったら……って話をふったら、釣巻さんが実際に行ってくれて、「ヒロインが車夫」って設定が出てきた。

車夫のヒロインって斬新。入浴シーンで見せるハダカもひきしまっててイイ。

車夫のヒロインって斬新。入浴シーンで見せるハダカもひきしまっててイイ。

――そうなんですね。「お風呂をいかに気持ちよく入るかの設定=車夫」って、うまいな~って。久住さんが考えられたのかと思ってました。

久住 いや、じつは釣巻さんなんです。これも食べものと一緒で、どういうふうにお風呂に入るかな~って考えるのがおもしろいんだよね。お湯に入ったら気持ちいいって結果はわかってるんだけど、どういう状況でそこまでたどりついたとか、その過程が気になるし、おもしろいんだよね。

アドバイスからスケジュール管理まで
想像以上な「原案協力」という仕事

――『のの湯』は毎回、実在する銭湯が舞台になってて、最後にはその紹介もちゃんと載ってますね。

第1話に登場した銭湯は浅草の有名店らしい。釣巻さんのコメントも楽しいので要チェック!

第1話に登場した銭湯は浅草の有名店らしい。釣巻さんのコメントも楽しいので要チェック!

久住 実際行ってみると、やっぱり家で考えているのとは違う世界が必ずあるんですよ。テレビとか雑誌で見るのともまた違って、みんなが描いてないところがおもしろい。だから、釣巻さんにもまず、実際にいろんな銭湯に行ってもらうんです。ある時、「スカイツリーが見える銭湯ってありますか」って言うから、「こことかいいんじゃない」って教えたのが、スカイツリーが見えるようになってから内装変えたところで、僕はそれからは行ってないんだけど、実際に行ったらすごくおもしろくなってたみたい。で、そこの近くにカレー屋さんがあって、すごくおいしかったっていう体験をもとに描いてくれて、それがリアルでおもしろかったんだよね。
釣巻さんはちゃんと世界観を作りこまないと描けない人かなと思ったから、舞台となる銭湯に行ってもらうだけでなく、下宿の外観とか内観とかも最初に決めてもらって、そこから世界観を構築していって。世界観が構築されてくると、キャラクターも生き生きとしてくるんだよね。最初はハダカもちょっと固かったから、もうちょっとスルって描いたほうがきれいなんじゃないかなとか、浮世絵っぽくすればいいんじゃないかなとか。初めのうちはすごく時間をかけて、じゃあ、このスケジュールならできるかな? とか……。

『のの湯』のキャラクター設定とともに見せていただいたのは、銭湯の外観写真や下宿の見取り図。

『のの湯』のキャラクター設定とともに見せていただいたのは、銭湯の外観写真や下宿の見取り図。

――すごい! ひとくちに「原案協力」といっても、さりげないアドバイスからスケジュール管理まで、まさに多岐にわたりなんですね。編集者のようでもあり、監督のようでもあり、お父さんのようでもあり、神の啓示のようでもあり(笑)。ちょっと言葉では形容しがたい役割ですね。たとえば原作だと、セリフはもちろんコマ割りまで細かく指示して……っていうやりかたもあると思うんですけど、そこまでガチガチにすると、久住さん自身が楽しくない?

久住 楽しくないんだよねー。いろんな人(漫画家)とやるから、プロデューサー的とか言われたりもするんだけど、それ全然なくて。楽しんで描いてもらうのがいちばんだと思うし、それが作品の魅力になると思うんで。

――俺の美学を伝えたい、とかではなく?

久住 ないですね。やっぱりマンガって7割りぐらい絵だと思ってるので、描く人がよし、ここはかわいい顔で描こうとか、おいしそうに食べてる絵を描こうとか、ファイトが湧くようにしてあげたいと思うし。かねもりさんの絵も回を重ねるごとに、どんどんかわいくなってるんだよね。最初はちょっと力が入ってたけど、坊さんに救われる過程を描いてるうちに、かねもりさん自身がどんどん感情移入していって、幸も生き生きしてきてる。

食べること、つくることに積極的になってきた幸。確実に1UPしてます。

食べること、つくることに積極的になってきた幸。確実に1UPしてます。

久住 『孤独のグルメ』なんかは描きこみがすごくて、谷口(ジロー)さんは実際のページの3倍描くぐらい疲れるって言うんですよ。1コマ1日とか当たり前で、アシスタント2人使って1話に1週間ほどかかってるので、完璧に赤字。それでも描き始めると楽しくて、どうやって描いてやろうとやってくれてるみたい。だから、ますます時間がかかっちゃうんですけど、そう聞くと僕も次の回はどんなものを食べて、どんなシチュエーションにしたら、描くほうもファイトが湧くかなって考えるし。毎回どう描いてくるか、僕がいちばん楽しみにしてます。

『孤独のグルメ』2巻でもゴロー節は健在。いやパワーアップ。そして松重ボイスで脳内再生されてる読者も多いはず。

『孤独のグルメ』2巻でもゴロー節は健在。いやパワーアップ。そして松重ボイスで脳内再生されてる読者も多いはず。

おもしろい作品は楽しい現場から生まれる

――この球をどう返してくるか? みたいな。そういうのはたしかに、マーケティング的な企画会議では生まれないものですよね。今や「食マンガといえば久住さん」的な一種の権威のように扱われることもあるかと思うんですが、個人的には、久住ワールドの原点はやっぱり『孤独の中華そば「江ぐち」』みたいな、内輪でくだらない妄想で盛り上がって……というところにあるのかなと。

久住さんが若い頃から通いつめた伝説のラーメン店「江ぐち」との思い出と妄想がつまった名エッセイ。

久住さんが若い頃から通いつめた伝説のラーメン店「江ぐち」との思い出と妄想がつまった名エッセイ。

久住 そうですね。やっぱりマジメにお話を理屈で組み立ててもおもしろみは出なくて、何度も言ってるけど、作画家に楽しんで描いてもらうことが大事なので。まず作画家を笑わせる。現場は楽しくないとダメですよ。なんにしても、苦しい現場はダメです。
音楽でも、スタジオ入ってみんな怖い顔して譜面を追ってたらダメ。冗談言いながら、こうやったらもっとおもしろいんじゃないの? とか、ゲラゲラ笑いながら 演奏してるようじゃないと、お客さんに気持ちよくなってもらえる音楽ができない。

マンガの現場も「ワハハ、よっしゃ描いてやろうじゃないか!」って感じが、 一番。『食の軍師』はいつも和泉(晴紀)さんと取材に行くんだけど、とある居酒屋に入ったら壁一面にメニューの短冊が200枚ぐらい壁に貼ってあって。ボクが「すっごいねぇ」って見てたら、和泉さん「おいおい、これ描かせるかーっ?」て言いながら、キッチリ描いてくるんだよね。それだけで何時間かかるんだよっていう(笑)。でもそれが描いてあるから、くだらないダジャレも生きてくる。

何をどう食べるか!? 食へのこだわりがハンパない主人公の本郷播の“戦略”が見どころ。

何をどう食べるか!? 食へのこだわりがハンパない主人公の本郷播の“戦略”が見どころ。

――イイ話ですねえ。久住さん自身、机に座って考えるよりも、現場に行ってナンボみたいなのはあります?

久住 そうですね。僕の関わってること全部に言えるのは、本当に自分で行ったり、やったりして、自分が今まで思いつかなかったようなことを思いついて書いたり、描いてもらったりしてるってことで……。やっぱり現場に行くと、何歳になっても、どれだけやっても、想像を超えてくるものがあるんだよね。一昨日、正月に茨城の日立のほうに取材で行ったんですけど、そこに普通のラーメン屋があって、手書きメニューに「ラーメンセット(サバ付)」ってのがあったんです。なんだ それは!? でしょ(笑)。
店員に聞かずに頼みました。そのほうがドキドキするから。創作には大切なんです、その孤独なドキドキが。結論からいうと、ラーメンとサバ味噌煮とライスとお新香のセットだった。それなら「サバ味噌煮定食ラーメン付き」だろう! しかもサバが大きくて美味しくて、むしろラーメンが 邪魔(笑)。
でもラーメンセットサバ付きで通じるってことは、これが常連の人気メニューということなんでしょう。それにしてもそんなメニュー名、仕事場で頭で考えても絶対出てこないです。本当に現実は想像を超えてくる。だから原作者は、とにかく歩くんです。

――ロマンですねえ。でも、それに気づいてもそのままスルーしちゃう人もいるわけで、やっぱりどう食べるか、どうおもしろがるかというのが、久住ワールドな気がします。『孤独のグルメ』の大ヒットもあって、最近はそのスタンスが読者にもどんどん伝染していってるのがおもしろいですよね。

久住 ドラマ『孤独のグルメ』のスタッフはそういうのをすごくわかってきてて、スタッフも普段からそういうのが目につくようになってきてるみたい。おもしろいよね。

終始にこやかにインタビューに応じてくださった久住さん。

終始にこやかにインタビューに応じてくださった久住さん。

――久住さんの作品は、場所だったら行きたくなるし、料理だったら作りたくなる。読者としても、ただ読むだけではなく、自分で実際に体験して完結するみたいなところがあるように思います。

久住 それはうれしいですよね。僕の話はいつもそうなんだけど、スロースターターなんです。『孤独のグルメ』も、3話目、4話目辺りまで読んでもらえるとだんだん味がわかってもらえるような。味が薄いというか、時間をかけて出汁をとって作ってるんだけど、ひとくち目でおいしいっていうスープではない。
『サチのお 寺ごはん』と『のの湯』も、2巻でグっとおもしろくなってきてるので、ぜひ読んで、実際に行ったり、作ったりして楽しんでもらいたいですね。


  • 注1 『百合子のひとりメシ』  久住さんが原作、作画をナカタニD.が担当したグルメマンガ。2004年5~8月に「週刊漫画アクション」(双葉社)にて連載。30歳バツイチの百合子が“ひとりめし”をするいわば女性版ゴロー。

取材・構成:井口啓子
撮影:辺見真也

単行本情報

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