人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、久住昌之先生!
『孤独のグルメ』『花のズボラ飯』『食の軍師』といった大人気グルメマンガの原作を手がけ、今や日本はおろか海外にも中毒者を広げている久住昌之さん。
久住さんが新たに原案協力を担当したのが、『サチのお寺ごはん』(著:かねもりあやみ)と『のの湯』(著:釣巻和)の2作品。ともに若い女性が主人公で、「久住作品といえば……」のケレン味あふれる比喩もウンチクもナシ。一見、かなり“薄味”な印象もあるが、先入観を捨てその世界をじっくり味わえば、ほっこりやさしい作品世界のなかに、まごうことなき“久住汁”がジワジワとあふれ出す。
今後の展開が楽しみな2作品を中心に、久住さんにお話をうかがいました。
『サチのお寺ごはん』第1巻の「日刊マンガガイド」はコチラから!
『のの湯』第1巻の「日刊マンガガイド」はコチラから!
お寺という“不自由”な空間だからこそ生まれるおもしろさ
――まず、『サチのお寺ごはん』(秋田書店)と『のの湯』(秋田書店)の誕生秘話からおうかがいしたいと思います。
久住 『サチのお寺ごはん』は、監修の青江覚峰(かくほう)さんとの出会いがきっかけですね。青江さんは料理僧として活動されていて、僕らのバンド【注1】が出たお寺フェスみたいなので料理を担当されてて。お寺なのに豚汁とか出してたんだけど、すごくおいしかったんです。
こんなのもあるんだーって思ってたら、青江さんが『お寺ごはん』って本を出すことになって、帯に何か文章を一言いただけないでしょうか? と言われて。その本がおもしろかったんですよ。お寺ごはんのレシピだけじゃなく、法話的なことも入ってて、両方が自然になじんでる。で、あれこれ話すうちに、これマンガにできないかなって話になって、編集者に作画のかねもりさんを紹介してもらって……。コレできそうじゃん!って。
――久住さんは原作ではなく「原案協力」というのは、アドバイザー的な?
久住 そうですね。やっぱり自由にやってもらいたかったから、ストーリーは完全にお任せで。幸薄い女性が主人公で、名前が「臼井幸」というのも、じつはかねもりさんのアイデア(笑)。僕はここはもっとコンパクトにしたほうがいいとか、そろそろ肉食べてもいいんじゃない? とか言うぐらいで。
――あ、肉はNGではないんですね。
久住 それは青江さんも常々話されてて、お寺ごはんだから肉は絶対食べないし出さないとかじゃなく、食べるっていう選択もあるという。それもただ食べるんではなく、誰かにあげるとか、自分で食べるのか、いくつか選択肢があって、それから選ぶという。
それって普通の人にはない感覚だから、すごくおもしろいなと思って。まあ、肉を出したら単純に盛り上がるというのもあるんですけど(笑)。
――なるほど、久住さんが「お寺ごはん」って、意外な気もしたのですが、「お寺ごはん」そのものに興味があったというよりは、そういう食への姿勢とか考えかたに興味があったという?
久住 『そうですね。ものに対する考えかたですね。いわゆる精進料理って、なにかで肉とか魚に似せた“もどき料理”があるじゃないですか。似せて食べるってことは、宗教的な理由で肉や魚は禁じられてるけど、本当は食べたいってことなのかな? とか。折り合いをつけるために作ってるのか、あるいは代用ではなく、「これはこれ」として食べるのか……考えかたひとつじゃないですか。
そういうふうにお寺という空間は、ある意味、不自由だからこそ、いろんな考えかたができるのがおもしろいですよね。
ーー制限があるからこそ、そこにドラマが生まれるわけですね。
久住 結局、僕はいつもそうなんだけど、料理そのものよりも、料理にまつわる人間の考え方っていうか、食べる人の考え方とか、食べ方とか、攻め方とか(笑)。そういうのがおもしろいんで。
僕自身、たとえば、お弁当があるとして、このおかずはあんまり好きじゃないからあとで食べるのか、まったく食べないのか、先に食べてなかったことにするか、あるいは、あるんだけど見えないってことにするか……みたいなことを普段から考えてる。食べないって選択肢もあれば、見えないって選択肢もあるって(笑)。
――「見えない」は新しいですね(笑)。
久住 催眠術で「数字の5はない」って暗示をかけたら、その人にとっては本当に5という数字が存在しなくなって、時計を見て「4と6の間にヘンなものがある」っていうらしいんだけど(笑)。そういう、くだらないことを考えるのが楽しいんだよね。
お寺って、煮すぎてはいけないとか、食べすぎてはいけないとか、“どう食べるか”が法話的なものにつながったりする。それが自分の普段思ってることと意外に近いという気もしたので、そういうことがマンガになったらいいなと思って、青江さんやかねもりさんと一緒にわいわい考えながら、やってる感じですね。
『花のズボラ飯』で開拓した新境地
――かねもりさんの絵は、いわゆる女性マンガ的なタッチで、これまでの久住原作ものにはなかった感じですよね。
久住 『サチのお寺ごはん』にいけたのは『花のズボラ飯』(秋田書店)があったからですね。だって、こんなアキバ的なかわいらしい絵(笑)、久住どうしたんだ、気持ち悪いぞって言われるかなと思ってたんだけど、意外と受け入れられたので、コレもアリだなって。
――『花のズボラ飯』は、連載掲載は「エレガンスイブ」(秋田書店)【注2】という主に主婦向けのマンガ誌で、読者層もそれまでとは違ったと思うんですが。
久住 だから恥ずかしくなかったんですよ。男は誰も読んでないだろって。読者カードで帰ってくる感想がすごくおもしろくて。「簡単でおいしい料理をこれからも紹介してください」とか「花ちゃんはあんなに食べてるのにどうして太らないんですか?」とか、なんて直球なんだ! って(笑)。新鮮だったし、今までにない刺激になりましたね。
女湯を舞台にしたのは
自分では絶対見られない世界だから
――『のの湯』に関しては、久住さんが銭湯好きというところから始まった企画なんでしょうか?
久住 これはまず『昼のセント酒』(カンゼン)【注3】をマンガにできないかってところから始まって。『昼のセント酒』は担当編集者が女性だったので、取材に同行して、たまたま銭湯も一緒に入ることがあったんですよ。その時は麻布にある黒湯の銭湯だったんだけど、彼女が言うには「さすが麻布」だって。みんなが持ってきてるシャンプーとかが他のエリアより高級で、美容のために真っ黒なお湯に顔をつけてる人がいたと。
あと、他のエリアだと、おばさんがサウナで雑誌読んだり、みかん食べたり、無法地帯になってるとか。そういうのは男湯にはない絵だから、おもしろいなって思ってたのもあって、銭湯をやるなら男じゃなく女の子を主人公にしたらどうかなって。
――なるほど、そこは男性の久住さんには、絶対に見れない部分ですもんね。
久住 そうそう。だから「僕が見れない世界を描いてほしい」っていう気持ちはありますよね。見たことないものを見たいって気持ちは、だれでもあると思うんですよ。昔、泉昌之でデビューした時も、泉(晴紀)くん【注4】の暗~い、古くさい絵を見て、「この絵のまんまくだらないことを描いたら、見たことのないものになるんじゃないかな」と思ったわけで。そういう意味では、女湯を見たいわけではなく、そんなマンガなかったというものを見てみたいんですね。ただ、女湯はドラマ化がたいへんだけどね。
いっそ成人映画にして、みんな全裸で出てるんだけど全然エロじゃない、日常が延々と描かれてて、だからこそエロい、みたいなのもおもしろいよね(笑)。
- 注1 僕らのバンド 久住昌之さんのバンド「久住昌之&BleuHip」のこと。もうひとつのバンド「The Screen Tones」はドラマ『孤独のグルメ』の音楽制作のために結成したバンドで、全シーズンの音楽を手がける。久住さんはボーカル、ギター、ウクレレを担当。
- 注2 「Eleganceイブ」 1984年に創刊された秋田書店発行の大人の女性向け月刊マンガ雑誌。連載作品に『サチのお寺ごはん』のほか、『アラ環愛子ときどき母』(金子節子)、『おわるうございます~葬儀社人情物語~』(小塚敦子)など。
- 注3 『昼のセント酒』 銭湯でさっぱりしたあと、昼間から一杯やるのが「昼のセント酒」。久住さんとイラスト担当の和泉晴紀氏が北千住、三鷹、浅草などを訪れ、銭湯に入ったあと古い居酒屋で明るく酔う、ちょっとノスタルジックなエッセイ全10話。
- 注4 泉晴紀くん 石川県金沢出身の漫画家。「和泉晴紀」名義でも活動。著書に『インテリやくざ文さん』(鉄人社)など。久住さんとのコンビ「泉昌之」名義での著書に『かっこいいスキヤキ』(イースト・プレス)、『ダンドリくん』(双葉社)、『食の軍師』(日本文芸社)など。
数多くの作品で「原作」「原案」を務める久住さん。知られざるその仕事内容について徹底解明!?
3月公開予定なので、お楽しみに!
取材・構成:井口啓子
撮影:辺見真也