『ふしぎトーボくん』第1巻
七三太朗(作) ちばあきお(画) 集英社 \562+税
9月13日はマンガ家・ちばあきおの命日である。
彼が自殺を図ったのは1984(昭和59)年、連載中のボクシングマンガ『チャンプ』は人気絶頂のさなかで未完に終わった。享年41歳。なんとも惜しまれる、早すぎる死であった。
ちばあきおは、『おれは鉄兵』『のたり松太郎』、そして『あしたのジョー』の作画などで知られる、ちばてつやの実弟である。兄のアシスタントを務めていたこともあって、当初はちばてつやの絵柄の影響を大きく受けていたが、マンガ家として立つにあたり、フランスのマンガなどを研究してあの独自の絵柄を作り上げたという。
「月刊少年ジャンプ」で連載開始した『キャプテン』の大ヒットを受け、『キャプテン』の初代主人公の谷口タカオの高校進学後を描く『プレイボール』を「週刊少年ジャンプ」に並行して連載。いずれもマンガ史に残る大名作野球マンガだが、想像を絶する忙しさによる代償は大きかった。
こだわりの強い完璧主義者であったちばあきおがジレンマに悩まされ、鬱病を患うに至った経緯を思うと複雑な想いにさいなまれてしかたがない。
『ふしぎトーボくん』は、『キャプテン』の連載が終了した1979年から3年のブランクを経て、1982年からスタートした作品だ。原作を担当したのは、『風光る』『Dreams』などの原作者として知られる、実弟の七三太朗である。
主人公のトーボは、動物と会話できる能力を持った少年だ。母親はトーボを産むと同時に他界、飼い犬が幼いトーボに母親のように接したことがその特殊な力の発端になったと考えられている。
父親は犬やネコとばかり話している息子を心配し、人間の友だちを作るように促す。そう、トーボはどうしても子どもたちのコミュニティから浮いてしまいがちなのだ。ときにはこの力で問題を解決することもあるけれど、おおかたは気味悪がられるのが常。本人も決して人間嫌いではないのだが、シンプルに「生きること」のみを見つめて暮らす野良犬や野良ネコ、ネズミや鳥や虫たちと交わってきたトーボの感覚は、現代の人間たちの型にはまった社会常識とことごとく噛み合わないのだ。
行き場を失った野良ネコの身の上話をじっくりと聞いてやり、「どの世界もいろいろとたいへんなんだなあ……」とつぶやくトーボを、ちばあきおはどんな気持ちで描いただろうか。ゆったりとしたタッチで描かれるトーボの学校生活や、動物たちの社会のささやかな事件。そのなかで「ただ生きる」そのことの難しさや、そんな難しさにつかまらずにすむ方法がきっとあるのだと考えさせられる。
人間だって動物だって個々に違う。そうした当たり前のことを忘れずにいたい、そのうえでやさしくありたいと思わずにいられない。
<文・粟生こずえ>
雑食系編集者&ライター。高円寺「円盤」にて読書推進トークイベント「四度の飯と本が好き」不定期開催中。
「ド少女文庫」