『十月桜』
中野でいち 徳間書店 \620+税
(2015年1月13日発売)
ベストセラー作家である父・櫻島桜太郎(さくらじまおうたろう)の威光によって、学園内で腫れ物扱いを受ける車椅子の美少女・櫻島桜(さくらじまさくら)。
気難しい桜の世話係として選ばれた教師・鹿島田静雄(かしまだしずお)は、誠実な振る舞いから周囲の信望も厚かったが、じつは作家として挫折した過去を持っており、同時代の寵児・桜太郎に密かな怨念を抱き続けていたのだった……。
サークル「良識派」でコミティアなどの同人誌即売会を中心にマンガ作品を発表していた作家・中野でいちの商業初連載である『十月桜』は、ベストセラー作家の作品に因縁を持つ人々の交流を描いたストーリー。
肥大化した自意識に苛まれる登場人物たちの姿は、時に醜くいびつに映るものの、その奥に見え隠れする不器用な実直さが読者の心を暖かくさせてくれる。
また、創作における独創性と普遍性に対する葛藤が物語を構成するテーマのひとつになっているところも見どころ。これは長らく同人活動を続けてきた作者ならではと言えるだろう。
特徴的であるポップな絵柄は、一見すると繊細な心情描写を主軸としたストーリーには向かないように思えるかもしれないが、デフォルメが効いたキャラクターだからこそ可能なダイナミックな演出の数々は、段階を飛ばして直接感情に揺さぶりをかける効果を発揮。
その昔、手塚治虫などの巨匠たちが得意としたコミカルかつシリアスなマンガ表現を現代的に咀嚼した結果とも思える……というのは、少々言いすぎだろうか。
安定した絵柄、新人離れした物語の構成力は、もはや老成といった風格すら漂わせており、まさに圧巻の一言。
新しい才能に、今後も要注目だ。
<文・一ノ瀬謹和>
涼しい部屋での読書を何よりも好む、もやし系ライター。マンガ以外では特撮ヒーロー関連の書籍で執筆することも。好きな怪獣戦艦はキングジョーグ。