完全復刻版『アストロ球団』第1巻
遠崎史朗(作) 中島徳博(画) 太田出版
ときは、ぴったり50年前の4月9日。
米国テキサス州ヒューストンにひとつの野球場がオープンした。
ヒューストンは、野球をするのに適した自然環境とは言いづらい土地だ。メキシコ方面から流れこむ熱気に加え、雨がよく降るのでむし暑い。その水につられて夏には蚊がわいてくる。
そこで、大リーグの野球選手たちがどんな天候でも快適にプレイできる環境を用意すべく、世界で初めてドーム式の球場が建設されたのだ。
ヒューストンといえば宇宙基地がおなじみ。それにちなんで、天体を意味する接頭辞「Astro」のついた「アストロドーム」と命名された(現在はリライアント・アストロドーム)。
……というわけで、今回取りあげるのはもちろん野球マンガ史上の名作『アストロ球団』である。
戦地で散った伝説的投手・沢村栄治から予言をたくされたフィリピン人シュウロが、プロ野球界へ革命をもたらす9人の野球選手を探し始める。
天から降った9つの光に加護される彼らにシュウロが掲げたチーム名こそが「アストロ球団」だ。
目標は打倒・大リーグ。日米安保闘争の影を見た世代の原作者ならではの、爆弾やゲバ棒ではなくバットで米国を倒そうぜ、という着想である。
本作に登場する選手たちは常識破りな超人技の使い手だ。
球打で砕けたバットの破片をボールと一緒に飛ばしてどれを獲ればいいかわからなくする「ジャコビニ流星打法」を皮切りに、一度見たら一生忘れられないレベルの豪快な絵面が描かれ続ける。
そんなアストロ超人たちだが、最終的ななりゆきは不憫だった。
超人にはかなわないと恐れた球界がアストロ球団の存在自体を認可せず、彼らをしめだしてしまうのだ。
超人でも試合ができなきゃおしまいである。米国打倒を掲げて内輪の日本に足場を崩される図はあまりに皮肉だ。
結局、そんな器の小さな国におさまっていられないとアストロ球団は新天地を求めて海外へ飛ぶ。
いったいどこへ? そこは「アフリカ!!」。
ここで最初に紹介したアストロドームにかけて、「環境」というキーワードに思い至る。
すぐれた者には、その力を充分に発揮できる環境が必要。だが、世の中が環境を整えるには時間がかかったり、間にあわなかったりする。
アストロ球団は物語後半、近代的設備をそろえたホーム「アストロ球場」(!)を開設するが、充分に活かしきるまもなく日本を立ち去った。
プレイの環境は整っても、業界の常識や体質という大きな「環境」が及ばなかったのだ。
21世紀まで残って歴史登録財にもなったアストロドームと、1970年代のあだ花に終わったアストロ球場。
名前が似ていてもリアルとフィクションで明暗がわかれた両者の間に、普遍的な教訓が横たわっているように感じられる。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。プリキュアはSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7