本誌『このマンガがすごい!2014』のランキング企画にて、「オトコ編」第14位にランクインしたのは、なんと一部書店のみの取り扱いだった『足摺り水族館』!
今回、異能の新人panpanya先生と、『足摺り水族館』を刊行した出版社「1月と7月」の担当者さんに、じっくりとお話をうかがうことができた。今年度もっとも「?」な作品の実像に迫る!
(後編は→コチラ)
収録作品の構成だけで1年くらい悩みました
――『足摺り水族館』が『このマンガがすごい! 2014』の「オトコ編」第14位にランクインしました。まずは率直な感想をお聞かせください。
panpanya 「へえー」と思いました。
――けっこう、冷静に。
panpanya ただ、ほかにランクインした作品を見ると「これ(『足摺り水族館』)がランクインするの?」って思いました。ほかのマンガは「なるほど、これが×位か」と納得できるんですけど、この感じで(『足摺り水族館』が)14位に入るって、変じゃないですか?
――そんなことないですよ。票を入れた方が大勢いたから、この順位なんですよ。
panpanya そうなのかー。しかし(『足摺り水族館』を)売ってるところ、実際のところあんまり見たことないですからね、人に読まれてる実感が薄いですね、いまだに……。
――流通形態が少し特殊ですからね。一部書店のみの取り扱いだったマンガ単行本が、ランキング企画のトップ20にランクインするのは、「このマンガがすごい!」史上でも初めてのことです。今だと、どこで手に入れられますか?
1月と7月 とりあえず今は、Amazonさんでしたら、在庫が切れることはありませんね。
――『足摺り水族館』を出版した1月と7月さんは、どういった会社なのでしょうか?
1月と7月 アニメグッズなども扱っていますが、うちは普通に出版社なんです。ただ、大手のように取次[注1]を通さずに、書店さんとの直取引だけでやっています。
――もともと同人誌だった作品を1月と7月さんで商業単行本化したものが、今回の『足摺り水族館』だとお聞きしました。それまでの経緯をお聞かせください。
panpanya ことの起こりは漫画を描き始めたことからですが、知人のサークルがコミティア[注2]で同人誌を出すので「マンガ描かない?」と誘われたんです。その時に描いたのが「新しい世界」(単行本版『足摺り水族館』に収録)で、ちゃんとしたストーリーがあるマンガを描いたのは、それが最初でした。その後も継続して作品を発表していましたが、そのサークルがいつの間にか活動しなくなったので、そのままの流れでコミティアに個人でスペースをとって参加するようになりました。その際に、それ以前の作品をまとめたものが『ASOVACE』という本です。
1月と7月 私は「資料性博覧会」[注3]というイベントの担当者さんから、「こういうおもしろい作家がいるよ」と教えてもらいました。それでpanpanyaさんの作品に触れて、「本を出しませんか?」と。最初は『ASOVACE』を書籍化しようと持ちかけたんです。
panpanya これがその『ASOVACE』[注4]。
――あ、すごい。手作りで和綴じなんですね。しかも分厚い! 普通に週刊の少年マンガ誌くらいの厚みがある。
panpanya 最初は『ASOVACE』を、っていう話だったんですけど、(担当者さんに)お会いしたときに同人誌版の『足摺り水族館』を見せたら……。
1月と7月 「あ、これスゴイ好き」と(笑)。
panpanya 単に過去作品をまとめた本を作るってだけだったら、正直ピンとこない話だったのですが、これ(同人誌版『足摺り水族館』)を気に入ってくれて、「ぜひ収録しましょう!」となったとき、これは間違いないものが作れると思いました。
――同人誌版『足摺り水族館』の表紙[注5]、いいですね。これ、どうなってるんですか?
panpanya 表紙の一部を四角く切り抜いて、裏から写真を貼っています。その上にジェルメディウムという――アクリル絵の具に混ぜて絵の具の質感を変えるのに使ったりするものなんですが――それを盛っています。ジェルメディウムによってインクジェットのインクが多少にじむのと、透明の層の中に気泡が入り、表面に水面のような凹凸がでます。水族館の水槽を表紙に埋め込んだようなものにしたいと思って使いました。何日か紙を広げて乾かさないといけないので、少部数しか作れませんでしたが、とても気に入っている作品です。
――これは手製の同人誌ならではというか、商業出版の書籍で再現するのは難しいですね。本というだけでなく、オブジェとしてのおもしろさがあります。
1月と7月 過去の作品を単行本化するにあたって、最終的に同人誌版『足摺り水族館』のなかに『ASOVACE』収録の短編を織り込むような形で再構成しましたが、そこに落ち着くまでかなり時間がかかりました。
panpanya (担当者さんと)なんだかんだ1年くらいやってましたね。
――収録作品の構成だけで1年!?
panpanya 同人誌版はそれぞれ1冊の本として完成させたつもりだったので。これひとつが「物体」としての作品です、という。手作りで、この形で完成したから成り立ったものという意識があったので、同人誌版の中身をそのままなぞって作っても、ある意味で劣化コピー版になってしまいます。せっかく商業で印刷会社さんに刷って製本してもらうからには、その「ひとつの物体としてのマンガ作品」という考え方を損なわずに、手作りのよさとはちがう、工業製品ならではのよさを活かす形態に考え直す必要がありました。担当者さんに同人誌版『足摺り水族館』をお見せしたときのリアクションで、それができる、と思ったんです。
- [注1]取次 出版取次。出版社と書店をつなぐ流通業者で、卸売問屋のような存在。各書店への配本や返品処理を管理する。おもな業者はトーハンや日本出版販売(日販)など。
- [注2]コミティア COMITIA。コミティア実行委員会が主催する同人誌即売会で、1年に4回開催される。オリジナルの創作物限定のイベントで、コミケなどとは異なり、2次創作物の頒布は禁止されている。現在は東京国際展示場(東京ビッグサイト)の東ホールで開催され、約3000サークルが参加。
- [注3]資料性博覧会 資料性博覧会準備会が主催する同人誌即売会。さまざまなカルチャーに関するリストやデータベース、批評・研究・考察など、資料性の高い同人誌を扱う。パンフレットの表紙イラストをpanpanya先生が担当。
- [注4]『ASOVACE』 読みは「アソバセ」。和綴じ製本で、背の綴じ部分にはレジャーシートを使用。「品質がいいレジャーシートだと、黄色い部分がレモン色というか、蛍光色っぽく、質感も軽くていまいちよくない。濃い色の厚ぼったいやつがいい。100円ショップを何軒か回って見つけました」(panpanya)とのこと。
- [注5]同人誌版『足摺り水族館』の表紙 水槽をイメージして制作された。「水族館そのものを本にしたかった」(panpanya)という。