10年くらい経ってなじんでくることをイメージして
――単行本版『足摺り水族館』も、同人誌版に負けず劣らず、凝った作りをしています。オブジェクトとして家に置いておきたいから買っていく、という人もいるのでは。表紙も、かなり珍しい素材ですよね?
1月と7月 これ、野菜のダンボールなんですよ。
――野菜?
1月と7月 八百屋さんが使っている、野菜用のダンボール箱ありますよね。表側が色付きの印刷がされたダンボール。あれの原料の紙です。
panpanya 野菜用のダンボール箱になっているときは、ダンボールなので波波になった厚紙が貼りあわせてありますが、それを貼る前、加工される以前の紙、それの波波で隠れてしまうはずの側を表に使っています。
――よく見つけましたね。
panpanya 最初「ボール紙っぽい紙がいい」といったら、(担当者さんが)見本をいろいろ集めて見せてくれて、そのなかにあったこの紙が気に入って採用しました。どこかで見たことも触ったこともある、いわれてみれば馴染み深い素材、というところがいい。
――本のなかのページ、これも特殊な紙を使っています。
1月と7月 最初はアドニスラフという紙を見本で持っていったんです。
――アドニスラフは、よくマンガの単行本でも使う紙の種類ですよね。
panpanya アドニスラフは思い描いていた質とは、ちょっとちがいました。もっとわら半紙の雑さに近いものがよかったのですが、アドニスラフは整いすぎてる感じがして。とはいえ、ただのわら半紙だとペラペラで薄すぎるので。
1月と7月 それで、わら半紙の厚いものを、印刷会社のGRAPHさんが見つけてきてくれました。
――そうなんですね。「週刊少年ジャンプ」に使っている紙(仙花紙)に近い種類かと思ってました。
1月と7月 3色の紙ですね。
panpanya 「ジャンプ」の紙も候補には挙がっていて、質感はよいんですけど、ちょっと色が(『足摺り水族館』に使うには)ちゃらいかなーと感じたので。質感は「ジャンプ」の紙で、生成りっぽい色のものはないですかね、といって探してもらいました。
――表紙には、透明なビニールのカバーもついています。
1月と7月 昔のマーガレット・コミックス[注6]のビニールカバーみたいなものがいいね、という話をしていました。
panpanya あと、カラーブックス[注7]みたいな。しましまが入った、ちょっとフィルターがかかった感じになる素材で、水面っぽくもあるし。多分、年数がたってくると古書店に置いてあるカラーブックスみたいにいい風合いになるんじゃないかと思います。
1月と7月 ビニールカバー、大変だったんですよ(笑)。機械でかけるんですけど、ちょっとした差と縮みがありますから。1ミリ違うだけで、突っ張ったり、ブカブカになったりしちゃう。
panpanya 何回か作りなおしてもらいましたね。
――書籍の装丁関係は、完全におふたりでやられたんですね。
panpanya 「こういうふうにしたいんだけど」っていうと、(印刷会社さんが)だいたいなんとかしてくれましたね。
1月と7月 自分は装丁関係というより、どちらかというとノンブルやセリフなどの文字を中心に。
panpanya セリフの文字も、よいやつに打ちなおしてもらいました。
――収録されている「イノセントワールド」には、かすれている文字などもあります。これはどう処理されたんですか?
panpanya 1回、インクジェットのプリンタで小さく出力したものを、スキャンして使ってます。この作品の文字だけは、初出時からの仕様ですが。
――凝っていますね。あと本文には、独特の色味のカラーページも多く入っていますが。
panpanya 冒頭に収録されている「足摺り水族館」は、もとの原稿はモノクロだったんですけど、単行本化するということで、巻頭カラーにしたいなと思って、上から水彩で色をのせました。
1月と7月 色見を決めるときに、なにか参考にしましたよね。戦前の絵はがきだったかな。
panpanya そう、味わいあるカラー印刷物みたいな色にしたかったんですが、自作したときは家のインクジェットプリンターでは、色が思うように出なかったので。
――巻頭ページだけでなく、本文の途中にもカラーページがありますが……これ、折[注8]に関係なくカラーが入ってるんですね……!
panpanya 最初は(折に合わせて)「16ページ単位で」といっていた気がしますけど、結局は好き勝手に考えたレイアウトどおりに入れてもらってます。
1月と7月 ……「ま、いっか」と(笑)。
panpanya すみません。
――それはまた手間とお金がかかることを……。装丁まわりのお話をうかがうと、1冊作るのにすごくお金がかかってるように思えるのですが……。
1月と7月 そうですね……原価は×××円です(小声)。
――超高級書じゃないですか!
1月と7月 だから取次を通すと採算が合わないので、書店さんとの直取引で。採算というか、やっぱり本の作りにお金をかけられなくなっちゃうのはマズイので。
panpanya 本の仕様が固まってくるごとに、「これ大丈夫か、こんなことして(1月と7月が)潰れるんじゃないか?」って思ってました……。
1月と7月 (爆笑)
――おそれいりました(笑)。ちなみに、同じ1月と7月さんからの単行本版でも、コミティアで売っているヴァージョンは、オビが異なっていますが……、これはロシア語ですか?
panpanya そう。コミティアで売っているものには水槽のペーパークラフトが付録として付いてるので、その記載がある帯です。発売前段階では「水槽が付録で付いてくる!」としか告知してなかったので、買ってみたらそれがペーパークラフトで、「水槽ってこれかよ! ちぇっ、本物じゃねえのかよ!」という、がっかり企画のつもりだったのですが。みんな普通にスルーしていたので、「あっ、そういう感じか」と思いました。
――まあ、本物の水槽を抱えたまま、りんかい線で帰るわけにもいかないですからね(笑)。
panpanya 常識的に、マンガに本物の水槽がついてくるとは思っていなかったのか、もしくは単に誰も付録に興味がなかったのかもしれない……。
――付録やヴァージョン違いのオビも含め、ここまで装丁に凝るのは、なぜでしょうか?
panpanya マンガを描いて読んでもらうだけだったら、今はwebで済むと思います。web上で発表すれば、タダで多くの人に見てもらえる。劣化もしないし、拡大も縮小もできて、更新も自在ですからね。その点、紙だとちょちょいとは更新できないし、発行に手間とお金はかかるし、ボロくなるし、火にかけたら燃えてしまうし。
――ええ、燃えちゃいますね……。
panpanya そういうことは、デメリットだと思ったらデメリットなんですけど、webマンガや電子書籍に対して紙の本があると考えたときに、デメリットのようなところも特色として肯定する必要があると思っています。紙の本が好きなので。
――マンガというと内容ばかりが語られがちですが、「本という形」での作品づくりを目指しているように感じます。
panpanya そうですね、本棚に長いこと置かれて、色が褪せたり変形してきたりカビたり、そうやって10年くらい経ってなじんでくることをイメージして形態を考えました。
――10年後に初めて完成する本、格好いいですね。
panpanya いや、そんなに格好いいものでもないですけど……。単に「正しく劣化するもの」が好きなんです。
- [注6]マーガレット・コミックス 集英社の刊行する少女マンガのレーベル。おもに「マーガレット」「別冊マーガレット」に掲載された作品を収録する。1967年に刊行開始された当初は、本体表紙が4色で刷られ、その上にビニールの透明カバーがついていた。1974年に紙カバーに変更され、現在のようなスタイルとなった。
- [注7]カラーブックス 保育社の刊行する文庫本シリーズ。1967年から刊行が開始。37年かけて909点が刊行された。写真は1972年に刊行された石井出雄『駅弁旅行』。
- [注8]折(おり) 折り本。製本方法のこと。書籍や雑誌は、大雑把にいうと「大きな紙を何度も折って裁断したもの」なので、基本的には4の倍数でページ数が決まる。ページ数は製本の関係上、16の倍数で決まることが多く、この16ページを「1折」という単位で呼ぶ。折と折のあいだに別の紙を差し挟んでページを増やすことは容易だが、折そのものの途中に別紙を入れることは難しい。