日夜、注目のマンガを紹介する「このマンガがすごい!WEB」。そんななかで、いつものレビューと違う特別なレビューが……!!!?
ということで、読者の皆さんから大変な注目を集めている連載企画、中島かずきの「このマンガもすごい!」!
脚本家・小説家・漫画原作者として知られる、あの中島かずきさんによる、「このマンガがすごい!WEB」だからこそ可能な、マンガコラム企画の連載!
中島かずきさんといえば、劇団☆新感線の座付き作家としての活動を筆頭に、アニメ『天元突破グレンラガン』『キルラキル』のシリーズ構成や、TVシリーズ『仮面ライダーフォーゼ』のメイン脚本など、マルチな活躍を続ける当代随一のクリエイター! 本WEBサイトの読者の皆さんも、くり返し観た中島さんの作品は多いのでは!?
そんな中島さんが注目する、新旧マンガ作品について、アレやコレやと語り尽くす本企画! その作品、そして、クリエイターならではの視線とは……!?
今回「すごい!」のは……このマンガだ!!
『暗黒神話 完全版』
諸星大二郎 集英社 ¥3,200+税
第5回の作品は、1970年代に「週刊少年ジャンプ」読者を震撼させた、あの諸星大二郎先生の『暗黒神話』となります!
高校生時代の中島さんを夢中にさせた、“黒と銀の世界”とは……一体!?
諸星大二郎の『生物都市』が「週刊少年ジャンプ」に掲載された時の衝撃はいまだに忘れられない。
木星から帰還した宇宙船の影響により生物と金属が融合していくというアイデアが、彼の独特の描線により奇妙な説得力を持ち、まさに「マンガでしか描けないSF」だと興奮した。
手塚賞という手塚治虫自身が審査委員長を務めた新人賞だったからこそ、この異色作が世に出たと思う。編集者主導では到底あり得なかったと思うし、だからこそ、このあと星野之宣、荒木飛呂彦など個性的な作家が続いたし、「『ジャンプ』という雑誌もあなどれない」と、田舎のマンガマニアの生意気な高校生にも一目置かせたのだ。その諸星が初めて「ジャンプ」に連載したのが、『暗黒神話』だ。
日本の神話伝承をベースにした伝奇SF、しかも週刊少年マンガ誌でそれを連載することは、当時、本当に異色だった。
当時の少年マンガ誌の主流はスポーツマンガかギャグマンガが中心で、SF的題材を扱ったものは少なかったし、人気も出なかった。たとえば『暗黒神話』を連載開始した「週刊少年ジャンプ」1976年20号のほかの連載作品を見てみる。
『サーキットの狼』(池沢さとし)、『ドーベルマン刑事』(武論尊/平松伸二)、『悪たれ巨人』(高橋よしひろ)、『プレイボール』(ちばあきお)、『サテライトの虹』(秋吉薫/加藤唯史)、『アストロ球団』(遠崎史朗/中島徳博)、『1・2のアッホ!!』(コンタロウ)、『トイレット博士』(とりいかずよし)、『ゼロの白鷹』(本宮ひろ志)、『ど根性ガエル』(吉沢やすみ)、『包丁人味平』(牛次郎/ビッグ錠)、『ブルーシティー』(星野之宣)、『温泉ボーイ』(柳沢きみお)。
野球マンガが3本、ギャグマンガが4本、その他カーレース、料理、芸能界、戦争物と、マンガ的奇想はあるにせよ、現実世界を題材にした作品ばかりだ。
唯一、同じ手塚賞出身の星野之宣が海洋SFものにチャレンジしているが、諸星と入れ替わるように次号で最終回になってしまう。SFマンガ好きの自分としては、自分の好きな作品が次々に打ち切りになっていく様に「悲しいけどこれ、現実なのよね」とスレッガー中尉のような気分でいた。
だから、毎週毎週、驚くほどの伝奇的ネタをぶちこんだ『暗黒神話』にひとり興奮していた。心配していたとおりあっという間に連載は終了するが、日本の古代史から一気に宇宙規模に広がるその鮮やかなラストシーンを見て、「これは打ちきりではなく当初の予定どおり描ききったんだろうな」と納得していた。半村良の『石の血脈』や『黄金伝説』のような単行本1冊分の伝奇SFをマンガでやったのだろうと思っていた。
雑誌連載では人気はなかったが、つくり手となった人間でこの傑作に影響を受けた者は多いと思う。かくいう僕もそのひとりだ。『阿修羅城の瞳』や『スサノオ』シリーズの根底には、『暗黒神話』で受けたインパクトがある。ところが、本来のネームは単行本2、3冊分ありそれを連載時には削ったのだと知ったのは、つい3、4年前、竹熊健太郎氏のツイートによってだった。
その情報に驚いていたところ、諸星氏自らが100ページほど描き足し、再構成した『暗黒神話 完全版』が発表された。単行本は完全受注版でしか発売されなかったため買い損なってしまったのだが、ようやく一般販売された。再読するのは本当に久しぶりだが、改めてその構成の見事さにうならされた。
不死の伝説を信じる菊池一族や主人公の謎を追う僧たちなど、周辺の人物たちの描写が描き足されたことにより、現世に生きる人と、人ならざる者になる主人公の差がより際立った。装幀も凝りに凝っている。途中、刷り色を変えたり、最終章では紙も変えている。
ただ、個人的には、紙色を黒くしているため、ラストの馬頭像と暗黒星雲がリンクする名シーンのインパクトが薄れた気がして残念だった。「あれ、こんなものだったっけ」と思い、最初のコミックスを引っ張り出して見比べたほどだ。
白い紙だから映える絵もある。せっかくの完全版だ。著者の絵そのものをストレートに味わえる普通の紙での単行本も読みたかったなと思う。余談だが、諸星さんとは若い頃一度だけお会いしたことがある。あちらは覚えておられないかもしれないが、双葉社編集者時代、氏の担当だった先輩に連れられて、打ち合わせに同行したのだ。
その時、氏が、最近こんなものに凝っていると見せてくれたのがコラージュだった。雑誌のグラビアなどから気に入った部分を切り出し、それを1枚の紙に貼りあわせていく。様々な雑誌からいろんな写真の一部を選び、それを組み合わせて1枚の絵にする。そのコラージュもまた、諸星大二郎の世界だった。
様々な資料を読み解き、それを組みあわせて作品にしていく彼のマンガにも通じるなあと感心したものだ。
作品内容だけでなく、装幀や紙に注目できるのも、マンガというメディアならではの楽しみ方。『暗黒神話 完全版』に限らず、近年多数刊行されている愛蔵版・豪華版のコミックスを読む時は、そんな部分にも注目したいですね。
次回は、中島さんに多大な影響をあたえた名作復刊の紹介か、中島さんを驚かせた最新のマンガ作品か、それとも編集者時代に出会った思い出の作品か……? 乞うご期待です!!
公開中の【連載企画】中島かずきの「このマンガもすごい!」
<第1回>大月悠祐子『ど根性ガエルの娘』
<第2回>関川夏央/谷口ジロー『「坊っちゃん」の時代』
<第3回>竹宮惠子『少年の名はジルベール』
<第4回>水樹和佳子『樹魔・伝説』