『北の皇子と南の魚』
今市子 集英社 \750+税
(2015年4月24日発売)
繊細なのに骨太で、なおかつ美麗。
今市子の描き出す絵柄は、なんとも不思議で魅力的だ。そして、その作品も同様。
本作は、人と鬼人が同居する、水が貴重なものとなった世界が舞台のオリエンタル連作ファンタジー『岸辺の唄』シリーズの最新作となる。オリジナルの単行本は『岸辺の唄』に始まり、ここまで『雲を殺した男』、『盗賊の水さし』、『悪夢城の主』、『旅人の樹』、『影法師たちの島』が刊行されていて、6冊に23話が収められている。
その7冊目が、本書。
ただ、本シリーズは、世界観はそのままに様々な境遇を生きる人々にスポットがあてられていて、ここから読み始めても十二分に作品世界に浸ることができる。
今回の舞台となるのは砂漠に囲まれた国・カターナ。
書状の代筆を生業とする家の次男で、美しい文字を書くアンデルが、なぜか総督家の後継者争いに巻きこまれることになってしまう。
もともと身体が弱く、脚が悪くて動けないこともあって、総督の座をめぐって命を狙われるアンデル。
そんな彼を、“魚”と呼ばれる存在が助けることとなる。“魚”とは、遠い南の島から総督家に持ちこまれて、代々伝わってきた箱。その“魚”の正体は誰ひとり知ることなかったが……。
ミステリーの要素もあるなか、様々な人物が絡み合い、人間の心理と物事の真理が見えてくる。
寓話としても童話としても魅了されるファンタジーで、さながら『オズの魔法使い』や『青い鳥』のような味わいだ。
あわせて、同時収録の「仙人の鏡」も名編。
“仙人の鏡”の守り人である父と息子の美しい嘘と愛の物語。単行本内では表題作よりも先に収録されているが、この作品にまず触れれば、今市子の世界に共感しやすいだろう。
ただただ、綺麗に飾られて意趣を凝らしただけのファンタジーじゃない。厳しさも生々しさも、だからこそ優しさも温かさもある。加えて、滑稽さや愛らしさもあるのも魅力だ。
まさに、繊細なのに骨太で、なおかつ美麗。ひらたく言えば、きれいなのにカッコよくて優しい。
女性作家の描き出す凛とした美しさを求める男性にも、そして女性作家の描く確とした力強さを求める女性にも、ぜひおすすめだ。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌『ぴあMovie Special 2015 Spring』が3月14に発売に。映画『暗殺教室』パンフも手掛けています。