『少年ラケット』第1巻
掛丸翔 秋田書店 ¥429+税
(2015年9月8日発売)
「100メートル走をしながらチェスを行うようなスポーツである」
ITTF(国際卓球連盟)会長にして元世界卓球チャンピオンの荻村伊智朗は、かつて卓球競技を指してこう言った。
これは、前後左右に移動しながら不規則なタイミング、不規則なスピン、不規則なスピードで飛んでくるボールを最適な打球姿勢で打つ、相手のプレーの分析と戦術の変更が要求されるスポーツという意味での発言。
その卓球界のレジェンド・荻村伊智朗と同じ名前の少年・日向伊智朗(イチロー)が卓球という競技と出会い、ライバルや強敵と出会いながら成長していく物語が『少年ラケット』だ。
森原中学校1年2組のイチローは、1年半前に火事で父親を亡くしたショックで「全生活史健忘」いわゆる記憶喪失になり、過去を失ったままで中学生活を送っていた。
勉強も並、芸術もダメな彼は、ふとしたきっかけで同級生の宮原愛が持っていた卓球ラケットとピンポン球で「玉突き」(ラケットでボールをお手玉する訓練というかお遊び)を1万5千回も続けて、その才能の片鱗を示す。
10歳の頃イチローに負けたことから卓球に精進し名門・紫王館中学校へ入学、天才卓球少年の名をほしいままにする如月ヨルゲンとの再会、愛の兄で森原中卓球部の創設者・宮原博治の出会い……と、イチローが失われた過去と向き合い、未来へ進むための足がかりとなる大切なプロセスがそろった。
卓球という一見地味だがそのじつ非常に深いスポーツをテーマに、新しく爽やかな青春ストーリーの始まる予感がする一冊。
<文・富士見大>
編集・ライター。『THE NEXT GENERATION パトレイバー』劇場用パンフレット、『月刊ヒーローズ』(ヒーローズ)ほかに参加する。ただいま好評発売中の『バケモノの子 オフィシャルガイド』、「『仮面ライダードライブ』フォトブック~Drivin’Album」もやってます。