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『伊藤潤二 自選傑作集』 伊藤潤二 【日刊マンガガイド】

2015/11/03


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『伊藤潤二 自選傑作集』


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『伊藤潤二 自選傑作集』
伊藤潤二 朝日新聞出版 ¥1,000+税
(2015年10月7日発売)



よくあるベスト版か~とスルーしたら、大間違い!
伊藤潤二ファンか、はたまたホラーマンガマニアならば、収録作のタイトルを目にしただけで、興奮を禁じえないはず。『自選傑作集』と名打たれているだけあり、当時センセーションを巻き起こした初期の珠玉作が軒並み収録されている。

たとえば、突如空に出現した「自分の顔」に追いまわされ、首から垂れ下がったロープで絞首刑にされる恐怖を描いた「首吊り気球」のシュールで不穏な空気。死者の歌を録音した幻のレコードをめぐる物語「中古レコード」に漂う、リリカルな詩情。「ファッションモデル」の不条理と笑いとパニックが錯綜する読中感。粘膜的生理的嫌悪をいまだかつてないほど掻き立てる、不快指数120%の怪作「グリセリド」、等々。

 

カフカや安部公房の幻想・怪奇小説を思わせる「奇妙な味」、世界の不条理や人間の深層心理をずぶずぶと素手でまさぐるような幻想的世界観、奇想天外な物語の仕掛けは、ホラーというよりは「綺談」と呼びたい、パンクな文学的探究心に満ちみちている。
内容こそグロテスクだが、その魔術的な筆には思わずうっとり。それに比べて、現在の伊藤潤二って…とつい考えちゃうのは、何もファンだけではないようで。各作品に添えられた創作秘話的解説のなかで著者自身、以前のようには描けない苦悩を記している。 だが、伊藤潤二という作家は、実験的怪作で好事家たちを震撼させた初期の顔と、『富江』など映画と連動した作品群でポップアートさながらの怪物的増殖を遂げた2000年以降の顔と、その両方があってこそ伊藤潤二にほかならない。(そう、まさに江戸川乱歩がそうであったように!)
と言いつつ、本作のための描きおろし作品「ファッションモデル・呪われたフレーミング」の切れ味を思うと、再びあの世界を…と、つい期待したりして。

いずれにしても、自注自解に執筆当時のアイデアノートから抜粋したメモやラフも収録され、伊藤潤二を解読するには、これ以上ない一冊だ。



<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69

単行本情報

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