人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、藤田和日郎先生!
人気作『黒博物館 スプリンガルド』連載終了から7年ぶりに発表された『黒博物館 ゴースト アンド レディ』。『このマンガがすごい!2016』第3位にランクインし、今回、藤田和日郎先生にインタビューする機会を得た!
前回、「『このマンガがすごい!』は不愉快!」という話から始まる波乱に満ちたインタビューと、第2弾では『黒博物館 ゴースト アンド レディ』の主人公「ナイチンゲール」への、ものすごく熱いあこがれをお聞きした。
藤田先生のインタビュー最終回となる今回は、先生がマンガづくりにおいて気をつけている点や発見、こだわりなど、これ以上ないくらい、深くうかがってきた!
少年誌と青年誌の相違
——「黒博物館」シリーズは青年誌の「モーニング」で連載していました。少年誌と青年誌では、違いはありますか?
藤田 それって難しい質問ですね。以前、すごく尊敬する吉田聡先生[注1]と、少年誌と青年誌の違いについてお話させてもらったことがあるんです。吉田聡先生は、少年誌と青年誌のどちらでもヒット作を出していますからね。その時に話した内容が「少年マンガはF1マシンみたいなものじゃないか」ということ。これはかっこいい比喩表現になっちゃうんだけどね。
つまり少年誌で連載するというのは、レースに向けて小さい部品からすべてオーダーされたチューニングが施されていて、コーナーリングとか、タイヤのすり減り具合とか、天候への対策とか、すべてレース仕様に調整されている。少年マンガというくらいだから明確な読者……子ども、それも男の子ですね、それを想定する。男の子がよろこぶジャンルはどれか、いままでにウケたマンガを見ろと。「お前はそれにどれだけ近づけるか、だよ」と編集者から叩き込まれるんです。感動するとはどういうことか、スカッとしてもらうにはどういう方法があるか。新人の段階では、あんまり好き勝手にやることはないんです。
漫画家って、物語を創造する人間だから、自分の思っていることを紙に叩きつけているように思われがちなんですけど、じつはそうじゃない。少年マンガはすごくチューニングされた世界なんですよ。
——ノウハウが確立している。
藤田 それに対して青年マンガは、感性とか思想性とかがダイレクトに表現されるような感じがあります。たとえるなら、バカでかいエンジンを積んで直線だけを走るドラッグレースカーのようなもの。感性というエンジンを積んで、一直線を走ることに特化している。すごい感性で、特別な個性を磨いている。だから直線で競争したって、コースを走るために設定されたF1カーでは勝てないし、別の戦い方があるんじゃないか……って話だったんですよ。その話がすごくおもしろくて印象に残ってたんです。俺は、まあ自分をF1マシンに例えるのはちょっとかっこよすぎるとは思うけど、でも「チューニングされてる」感覚はわかります。
——どのあたりにその差は感じられましたか?
藤田 『邪眼は月輪に飛ぶ』を「ビッグコミックスピリッツ」で連載していた時に編集さんに言われておもしろかったのは、「密度が濃すぎます」ということですね。20ページのものも、16ページくらいで入る内容にとどめて、コマを大きくして密度を薄めましょう、と。マンガを描いてきて、そんなことを言われたのは初めてでした。
『うしおととら』にしても『からくりサーカス』にしても、もう思いつくエピソードは全部やって、毎回規定のページ数にギッチギチに詰めこんで描いてたし、それでも小学生は一生懸命読んでくれるんです。それこそ舐めるように、隅から隅まで楽しんでくれる。だけど青年誌の読者層である大人は、やることが多いんですよ。スマホだってあるし、マンガだってほかにもたくさん読んでいるし、子どもほど一生懸命には読まない。ちっちゃいコマが連続するような密度だと、疲れちゃって集中力がもたないんです、と言われました。「ああ、そういうもんなのか」って気づけたのが、おもしろかったですねぇ。俺はマンガってぎゅうぎゅうにやりたいことを全部詰め込むものだと思ってましたから。でも、コマを大きく見せたり、ゆったり間を取ったり、情報量を制限するほうが読みやすい……って、ひょっとして心当たりありません?(笑)
——藤田先生のマンガは情報量が多い、というのはすごく同意です。先生、基本は4段組ですよね?
藤田 それもね、クライマックスになってくると入りきらなくなって、結果的にそうなっているの。心のなかでは「もっと大きい絵を描きたいな」と思ってます。漫画家が内容をすべてコントロールしていると思ってはいけませんよ(笑)。
——なるほど(笑)。
藤田 あとおもしろかったのは、『スプリンガルド』の時に、少年誌っぽい熱いセリフを書いたんですよ。主人公が警部に向かって、(好きだった女の)「結婚式は見たか」と尋ねるシーンがあるんですけど、あそこのセリフはもっと露骨だったんです。「彼女は幸せにならないといけない!」みたいな熱い感じだったんですよ。
そうしたら編集さんから「青年誌の読者は、このセリフは照れるんじゃないか」と言われたんですね。「恥ずかしい気持ちを与えないためにも、もっと洗練された短いセリフに言い換えませんか?」と。それが俺には新鮮でした。少年誌で連載をやるときに教わったのは、その逆で、「照れるな!」だったんです。本当に思っている言葉があるんだったら絶対に照れちゃダメで、生のままでもいいから叩きつけるつもりで前面に出せ。じゃなきゃ読者には届かないぞ、と。100%の気持ちを届かせたいのなら、その倍の圧力で描かないと届かないんだから、とにかく「全力でやれ!」と教えられました。でも大人が読むマンガの場合は、より深い言いまわしとか、隠喩とか比喩を使った落ちついた言葉じゃないと、読者が照れちゃうんだな、と。青年誌をやっていないと、その間合いはわからなかったですね。言われてみれば、少年誌で見るような熱いセリフって、映画ではあまり見かけませんもんね。そういうやり方もあるんだ、と気づかせてもらいました。
史実との戦い
——「黒博物館」シリーズについてお聞きします。前作『スプリンガルド』は、題材(バネ足ジャック)ありきで考えたんですか?
藤田 そうですね。仁賀克雄先生の 『ロンドンの怪奇伝説』という本のおかげです。その本がいちばん「ロンドンのバネ足男」についてくわしく書かれていて、文章を読んでいると、犯人像がバーッと頭に浮かんできたんです。そのなかで、バネ足男の正体じゃないかと言われている貴族が、結婚してからはいいパパになった、女に対してハニカミ屋さんだったんじゃないか、という記述があったんです。それって俺の一番大好きな奴なんですよ! 悪くて強い奴なんだけど、いいところがある……っていう。ああ、好きだなぁ、って思うんですよ。もうね、ごはん何杯でもイケる! 悪いやつがじつはいいヤツだったって話と、じいさんとばあさんが強い話だったら、すぐにでもネームが描けるほど大好き。
——そうなんですね! そのあと、第2作目としては、主人公にナイチンゲールを選んだわけですが、これはどういう理由からですか?
藤田 イギリスが舞台だったら絶対に描きたいようなホラーヒーローって、いっぱいいるじゃないですか。いくつか候補はあったんですけど、「かち合い弾」の写真を見せられたら、そっちに飛びついちゃったんです。
——ナイチンゲールの場合は、かなり歴史的な資料が残っていますよね?
藤田 そう。『スプリンガルド』の場合は、たいした史実が残っていないので、創造の余地がたくさんあったんです。8割方は創作で、ファンタジー。それに対して『ゴースト アンド レディ』はしばりが多かったですね。
——読者はハラハラドキドキしながら先生のマンガを楽しむんですけど、歴史にくわしい人だと、「でもナイチンゲールは90歳まで生きるしなぁ」って思うかもしれない。それは気がかりではありませんでした?
藤田 うーーん、俺はマンガは理屈でつくっていくものだと思っているんで、「そこは気力で乗り越える」みたいなことは言いたくないんだけど、でもね、漫画家が「これおもしれぇな!」ってドキドキしながら描いていると、史実ってどっかいっちゃうんですよ。「うわぁ、ナイチンゲールここで死んじゃうんじゃないかッ!?」って思って描けば、読者はハラハラしてくれるんじゃないかと思うんです。
——自分のテンションを上げて描くわけですね。
藤田 そのためには「ナイチンゲールは90歳まで生きるんですよ」なんて、自分で言わないことがコツですよね。年表も調べたし、資料もたくさん読みましたけど、あんまり調べすぎても、さっき言ったような「観光バス」になってしまう。史実に負けずに一瞬でその時代にタイムスリップして、その人に寄りそって一緒に生きているような感じです。史実に負けちまうなら、やめちまえばいいんですよッ!!
——な、なるほど。
藤田 調べれば調べるほど、史実に押しつぶされそうになるんです。それをはねかえすためには、「自分のマンガなんだ」「自分のキャラクターなんだ」「読者にはドキドキしてもらうんだ!」って自分のなかでテンションを高めていかないと。だからナイチンゲールといっても、描いている時は俺のキャラクターとして描いていたと思いますよ。だからね、「おもしろい小説のコミカライズをやっていた」ような感覚だったかもしれないです。
——縛りが多い反面、今回の題材ならではの部分もあったのではないでしょうか?
藤田 日頃描かないものをたくさん描けましたね。史実における劣悪な環境での看護体制とか、兵隊の考え方とかね、普段だったら描かないし、しかも「間違って描けないぞ」という緊張感が心地よかった。銃器考証の方のところに、うちの職場全員で出かけていって、ビデオをまわしながらイチから教えてもらったんです。おかげで、みんなすごく正確に描いてくれて、仕事場全体であたらしい経験をさせてもらった感じです。
むしろ「漫勉」で撮られたワリバシとか一発描きとかはさぁ、通常営業じゃないですか(笑)。「史実につぶされないように」とか「時代考証を間違えないように」といったのは、すごく刺激になりましたよ。
- [注1]吉田聡先生 漫画家。『天上界STORY』でデビュー。代表作は『湘南爆走族』など。