人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、藤田和日郎先生!
前回までのあらすじ――――。
代表作『うしおととら』『からくりサーカス』でおなじみの巨匠・藤田和日郎先生にインタビューできるというチャンスを手にした「このマンガがすごい!」編集部は、意気込んで藤田先生のお仕事場までお邪魔し、取材をはじめたが、なぁんと「『このマンガがすごい!』は不愉快だ!」と開口一番から言われてしまった……!
しかし、その発言に隠された先生の想いや、マンガづくりへの先生のまっすぐな姿勢に編集部一同、感銘を受け、メデタシ、メデタシ……って、アレ? 肝心の『このマンガがすごい!2016』ランクイン作『黒博物館 ゴースト アンド レディ』(講談社刊)の話が聞けてなくない!?
ということで、今回は藤田先生からたっぷり聞いてきた『黒博物館 ゴースト アンド レディ』の制作秘話や裏話を、先生の超貴重な制作ノートの内容と一緒に大公開だッ!!
『黒博物館 ゴースト アンド レディ』は「ナイチンゲールのすごさ」を描いた物語
——『ゴースト アンド レディ』についてお聞きします。主人公ナイチンゲールと幽霊グレイの関係は、『うしおととら』における潮ととらの関係に似ているのかな、と思ったのですが。
藤田 言われましたねぇ。大人版『うしおととら』なんじゃないか、とかね。
——どちらもコンビで戦うお話です。『うしおととら』ではとらが潮を喰うために取り憑いて、『ゴースト アンド レディ』ではグレイがナイチンゲールを殺すために取り憑く。ただ、読んだ印象はまったく違うんですね。
藤田 おっしゃるとおり構造的には似ているかもしれないんですけど、描きたかったものが違うんですね。
——というと?
藤田 『うしおととら』は、潮のまっすぐさにとらが感化されていくんです。とらは邪悪だったのに、潮に引きずられ、悪口を言いながらも、結局いいことをしてしまう。つまり、とらと潮のコンビを描きたかったんですね。
——コンビ。なるほど。
藤田 だけど『ゴースト アンド レディ』は、コンビを描きたかったわけじゃない。“ナイチンゲールのやったことはすげえな!”ってことを伝えたかったんです。潮ととらは、両方とも俺の憧れなんですよね。対して『ゴースト アンド レディ』は、かっこつけた言い方をすると、ゴーストは俺なんです。「こいつ(ナイチンゲール)スゲエな!」みたいな。
——主軸はあくまでナイチンゲールだと。
藤田 ナイチンゲールさんに手助けすることもできないし、落ちこんでいる彼女を慰めることもできない。「いまにうまくいくよ」みたいなことを、言いたくても言えないじゃないですか。だから藤田和日郎としては、ゴーストと同じ。ゴーストはしゃべりかけることはできても、物理的な手助けは何もできない。ただね、俺の理想としては、ナイチンゲールに文句をつける奴が出てきたら、ちょっと助けてやりたいよね。ってことで、せめて相手の生霊を露払いしてやるくらいは……と。幽霊のグレイには、ひょっとしたら俺のそういう気持ちが入っていたと思う。
——憧れ(ナイチンゲール)に対する等身大の自分ってことでしょうか。
藤田 そうですねぇ。「フフン、なんだこんな女」みたいに斜に構えて見ていたのが、「でも考えてみたらすごいぞ、この人」って。そういう感情が、自然と物語に出ているのかもしれませんね。たとえ俺がものすごく強いゴーストであっても、ナイチンゲールさんはすごいよなぁ、って思うはずなんだ。
——では『ゴースト アンド レディ』は、コンビを描いたわけではないけれど、2人の関係性の変遷を描いた。
藤田 「この2人の関係性を楽しんでね」という形で出したので、ものすごく集中できましたね。これが史実の部分をクローズアップすると、とっちらかるんですよ。たとえばこの時代における医療体制とか看護の問題点とか、それが一番重要な描きたい点ではないのですよ。「ひとりの女がこれだけすごいことをやったんだよ」と、ナイチンゲールさんのキャラクターに興味があったわけだから。
——伝記マンガとは違いますもんね。
藤田 そうなんです、伝記マンガを描いているつもりはなかった。ある女と、ある幽霊の物語なんです。
——そういえば、先ほど先生のアイデア帳を拝見させていただいたときに、フローのところに「バレー部女子顧問て感じ」と書いてあったのですが、あれは?
藤田 ああ、それはね、フローの絵を見たときの息子の感想なんだ。
——まだマンガになる前ですよね?
藤田 そうそう。キャラクターを作る際にノートにいろいろ絵を描いていくんだけど、それをたまたま息子が見たんだよね。それで感想を言ってくれて、それがうれしかったから書きこんでおいたんだ。
——「バレー部女子顧問」て、的確でいい表現ですね。
藤田 ナイチンゲールってたくさんの女性の看護婦さんを率いていたんだけど、そのなかには酒飲みとか、やっかいな人もいたんですよ。そういった人たちをまとめて率いていった人なので、リーダーとしてのカリスマ性があったと思うんです。優しいんだけど怒ったら怖いんじゃないかな、というニュアンスが絵から伝わっていたら、キャラクターデザインは成功だな、と。
やっぱりね、感想を聞くまで、成功したかどうかはわからないんですよ。やれモチベーションだのなんだのと言ってみたところで、結局は読んでくれた人に内容が伝わっていなかったらアウトですから。だから「こういうの描いたんだけど、どうかな?」という態度でいたい。じゃないと読者の方に感想を言ってもらえないですもんね。おもしろかったのか、わかりやすかったのか。だから俺はマンガの感想を聞きたいんだ。俺の名前は覚えてもらわなくてもいいけど、「幽霊と看護婦のマンガがあって、それがちょっと良かったな」と思ってもらえれば、もう最高なんです。