人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、藤田和日郎先生!
『黒博物館 スプリンガルド』に続く黒博物館シリーズ、7年ぶりの第2弾、その名も『黒博物館 ゴースト アンド レディ』(講談社)。
連載時から話題をよび、『このマンガがすごい!2016』ではオトコ編、第3位にランクインした。
『うしおととら』『からくりサーカス』など胸を熱くさせる作品を数多く生みだした巨匠にインタビューできる(しかも先生のお仕事場で!!)という、ものすごく貴重な体験に恐縮していた、このマン編集部一同。そしていざインタビューが始まり、『黒博物館 ゴースト アンド レディ』の制作の裏話をたくさん聞こう! ……と身がまえたのも束の間、藤田先生からの最初の一言で、現場が凍りつく……! やっぱり一筋縄ではいかなかった!? そのインタビューの全容とは?
藤田和日郎、「このマンガがすごい!」に物申すッ!!
——それでは本日はよろしくお願いします。
藤田 はい。まず、このたびは「このマンガがすごい!」オトコ編第3位に選んでいただき、ありがとうございました。
——あ、いえいえ! こちらこそ恐縮です。
藤田 ただ……初めに言っておきたいことがある!
——……な、なんでしょうか?
藤田 「このマンガがすごい!」は、漫画家からしてみたら、不愉快きわまりない本だッ!!
——ひぃ!!
藤田 俺たち漫画家は、自分のマンガこそ最高におもしろいと思ってます。それが順番をつけられることには、我慢がならないのです! 漫画家にとっては、不愉快さをまき散らす本なんですよッ! つまり「このマンガがすごい!」を出すということは、漫画家の憎悪が一点に集まるということなんです。気づいてますよねッ!?
——は、はい。
藤田 いままで選ばれた漫画家からすれば、そりゃあいい本かもしれません。けどね、おもしろいマンガを描いても選ばれない人って、いっぱいいるじゃないですか! そういう人からすると「なんで俺が選ばれないの?」ってなるわけです。正直言うと、俺もそのひとりですよッ! 選ばれなかったら「白面の者[注1]」の顔になってますから!
——「このマンガがすごい!」本誌は年度版ですので、どうしても新人や新連載に票が集まりやすくて、ベテランには票が入りにくい傾向があるんです。いってみれば選者に「いまさら藤田和日郎を知らない奴はモグリだろ」みたいな意識がありますから。にもかかわらず、藤田先生ほどのベテランが今回こうして3位に選ばれたのは、すごく異例なことだと思うんですよ。
藤田 ……選ばれたからといって、いまさら「わーい」という感じにはならないですよ。いままでずっと睨みつけながら「アレなんてさぁ」とか「わかってねぇよなぁ」とか言ってたものにね、さぁ今度は自分にスポットライトが向けられたとなると、それまで自分が放ってきた憎悪が、そのまま自分に向かってくるんです。自分の憎悪がデカいから、それに耐えきれんのですよッ!
——……先生、ひょっとしてよろこんでくれてます?
藤田 だから! ここは静かにスルーしていただきたい! どういうことかというと、漫画家同士の付きあいのうえでは、「このマンガがすごい!」に選ばれちゃうと迷惑なんですよ。漫画家同士は、みんな自分がいちばんおもしろいと思っているけど、そこは戦友というか、敬意というか、みんな同じ気持ちでやってますからね。
——第三者的な評価が入ると、こじれますか?
藤田 そこはこっちの事情だから……静かにスルーできれば……と。「このマンガがすごい!」の場合は読者に選んでいただいて順位が決まるわけですから、そこは「いいものができたかな」と、うれしい気持ちはもちろんあります。それにね、マンガ業界にとっては、すごくいい本だと思うんですよッ!
——いや先生、そんなお気づかいをいただくても……。
藤田 「お祭り騒ぎ」というか、活性化という意味では、こういったガイドブックは必要ですよッ! マンガをネタにして、あーでもないこーでもないと言ってもらうのは、マンガ業界にとってはすごく元気が出ることです。マンガ家がなんのためにマンガを描いているかといえば、それは読者に楽しんでもらうためです。だから「『ゴースト アンド レディ』が選ばれてたけど、アレたいしたことないよなぁ」とかでもいいんです、学校のクラスで話したり、その場で盛りあがってもらえれば、それだけでも俺は描いた役割を十分果たしたと思うわけです。マンガをネタにした話で騒いでもらえるなんて、漫画家からしたら幸せなことですよッ! だから一歩退いて客観的な立場から見れば、業界全体にとっては「このマンガがすごい!」はとてもいい本です……が! 個人的な感情としては「なんで俺が選ばれてないんだよぉ~」ってなりますけどッ!
——はい(笑)。
藤田 俺はホラー映画が好きでガイドブックなんかもよく読むんです。そうすると「こういうのもあるんだぁ」とか「こっちのほうがおもしろかったな」とかね、ガイドブックがあるおかげで楽しみ方も変わると思うんですよ。人間って、自分の好みはあるけど、それとは別に流行も知りたいじゃない?
——そうですね、いまのトレンドを知っておきたい気持ちはあります。
藤田 うん。「こういうのが流行っているのか」「でも俺はあんまり好きじゃないよ」「いま流行っている作品、俺は好きだな」とかね。自分の好みの位置がわかるのもおもしろいですよね。それってね、「自分発見」につながるんですよ。自分の好みがどういう位置にあるのかを知ることができる。
——自分の好みを再認識できますね。
藤田 自分が選ばれていないときの「このマンガがすごい!」を書店で読んで「チクショウ! 俺はもっとおもしろいものを描くぞ」ってテンションを上げるのも、楽しいことだと思いますよ。俺の好みではないものが流行っているのを知ることも、刺激になりますから。やっぱりマンガってね、“ザワザワ”してないとおもしろくないもんですわ。
——“ザワザワ”。
藤田 漫画家にとってのいちばんの敵は無反応ですから。どこからもなにも言われず、無反応な状態に慣れきって、ただ絵を描くだけで日々を過ごしているような生活よりは、刺激があって、“ザワザワ”していたほうが、いいものを描けますもん。
だから漫画家はつねに新しいものを求めてかなきゃいけないんだけど、みんながおもしろいと思うようなものって、そんなにバリエーションは多くないですからね。みんな心地よくなったり、ワクワクしたいから、新しい作品を読むのであって、漫画家が新しく企画を立ちあげる際にも、そこからはあまり離れられないんです。
——流行は循環しますしね。
藤田 そこで「気分が悪くなるようなマンガ」という選択肢もあるんですけど、俺自身、ちっちゃい紙にちまちまと時間を使って描いて、読者にそんな読後感を与えるなんてのは、まっぴらごめんです。だからそっちの選択肢は選びません。
俺の心のなかにある「読者を喜ばせたい」とか「みんなを驚かせたい」という気持ちからはずれたものは、絶対に描かない。中学・高校時代に自分が好きだったマンガは、感情を刺激してくれるものだったから。そして、「生きていくうえで、こういう言葉を聞けてよかったな」と思える作品群だったから、自分もそんなマンガを描きたいんです。それがなくならないかぎり、俺はブレないと思いますよ。
だからね、「このマンガがすごい!」に選ばれても選ばれなくても、俺はおもしろいものを作ろうとしてますからねッ!
- [注1]白面の者 藤田先生の代表作『うしおととら』に出てくる最強かつ最恐の敵。白い巨体に大きく鋭い目が特徴的。