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『このマンガがすごい!comics ひとり暮らしの小学生 江の島の空』 松下幸市朗 【日刊マンガガイド】

2016/11/19


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『ひとり暮らしの小学生 江の島の空』


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『このマンガがすごい!comics ひとり暮らしの小学生 江の島の空』
松下幸市朗 宝島社 ¥700+税
(2016年11月10日発売)


電子書籍で個人発表されるや大人気となった、フルカラー4コママンガ『ひとり暮らしの小学生』。
「このマンガがすごい!comics」レーベルから『ひとり暮らしの小学生 江の島の夏』として前半部が単行本化された作品が、このたび完結巻『ひとり暮らしの小学生 江の島の空』の発売を迎えた。

時は1980年代。
観光地・湘南の江の島に、当時たったひとりで暮らす幼い少女がいたという。
その名は鈴音リン。小学4年生。
9歳で両親を事故で亡くして以来、小さな定食屋を引き継ぎ、自分だけで店を切り盛りしている女の子だ。
貧乏にめげず、いじけず、元気に日々を過ごす少女は、自然とまわりの人々からさりげない助けや親切を受け、厳しい暮らしを明るく色づけながら生き抜いていく。

前巻で初夏からクリマスマスにかけて描いた続きで、今回は年末から春先、リンが小学5年生に進級する直前までがメイン。
お客さんが様子見に集まる大晦日の夜や、料理のまずさに気づかぬまま押し進める新メニューの開発、嵐の前に出会った不思議な動物との交流、裕福な家の子とのケンカ……と、多彩なエピソードを楽しめる。
さらに、リンが四季おりおりの風物にふれる描き下ろし番外編も収録され、充実した内容だ。

見どころは終盤の山場となる、同級生の男子・亮くんの引っ越し話から大人になってからのエピローグまでの展開。
もともと『江の島の夏』ではリンの同級生だった亮が成長して教師になった際に昔話を語り出すという導入だったので、今回はしめくくりとして再びそこへ戻るわけだが、長い歳月が流れてリンちゃんは、あの食堂はいったいどうなったのか? ハラハラしながらラストまで追いかけることになる。
物語全体のかたちがきれいに一巡りするのを見届けるため、全2冊合わせてお手にとるのをおすすめしたい。

さて、最後まで読んで気づく本作の特徴は、読者とキャラクターの距離の取らせ方がとてもうまい点だ。
まず、リンが親もお金もないことにより陥る“出来事”や、彼女がそれに対してどういう言動を取るかという“反応”は正面から描かれている。
だが一方で、それがどのくらい悲しい・つらい・苦しい・寂しいのかという内面部分は、セリフの合い間のニュアンスや、他の登場人物が察することで間接的にわからせる奥ゆかしい描写がほとんどである。

本作を読んで「泣ける」という評価は多いが、それはおそらくリンちゃんにべったり自己投影するからではない。
「この様子だとリンちゃんはこう感じてるのかな……」と、世界の向こう側にいる少女へ想像力をめぐらせた結果、じわじわと湧き上がるものがあるからだろう。
ひとりで社会的保護を受けずに労働している小学生女児という思いきった設定も、へたな同一化をさせない効果があるといえる。

受け手が自分を重ねる意味での「感情移入」がエンターテインメントで重視されがちな昨今だが、キャラクターをキャラクターとして、つまり他者を他者として尊重しながら思いやるフィクション経験もまた、大事なものだ。
『ひとり暮らしの小学生』はまさにそういう経験をさせてくれるタイプの作品であろう。



<文・宮本直毅>
ライター。アニメやマンガ、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7

単行本情報

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