今から遠い未来の話――不死身の体を持つ「宝石」たちが襲い来る月人と激しい戦いを繰り広げていた。これまで見たことのない美しくもはかなく壮絶な戦いを描くSFファンタジーアクション『宝石の国』。『このマンガがすごい!2014』オトコ編第10位にランクインし、ますます注目を集める話題作はどのように誕生したのか? 市川春子先生を直撃した。
後編はコチラ!
【インタビュー】妄想がかたちづくる物語は、自分自身でも予測不能! 『宝石の国』市川春子【後編】
美しくも脆いフォスフォフィライトにロマンを感じて
――昨今はマンガで「擬人化」という概念がよく使われていますが、宝石たちが主人公というのはじつに驚きでした! この発想はどこからきたのでしょう。
市川 高校時代、仏教校に在籍していたためお経を読む機会がありまして、そこに「浄土は宝石でできている」という描写があったんです。その俗っぽい価値感というか人間らしい複雑味みたいなものがおもしろいなと、ずっと気になっていました。
――では、ずいぶん前から鉱物に興味を持っていたわけなんですね。
市川 はい。ですが、本格的に調べたり集めたりを始めたのはここ数年です。一点として同じものがない石の世界は底なしで、ハマるとけっこうやばいですよ。
――そのなかでも「フォスフォフィライト[注1]」という石を主人公に選んだのは?
市川 フォスフォフィライトは美しい色合いと希少性で価値が高いんです。でも、その一方で脆くて実用的装飾宝石には向かないという……そこにロマンを感じたからですね。
――鉱物としての特性が、そのままフォスの「体が弱いのに先走りがちで、おっちょこちょいな子」という性格につながっているわけですね。
市川 そうですね。やる気はあるけど実力がともなわない。今までそういうキャラクターを描いたことはなかったので、おもしろいかもと思いました。
――そもそも宝石たちが割れてしまう危険性を持ちつつも戦うという設定にゾクゾクさせられます! フォスが足を失ってしまうくだりはエロスをも感じてしまいましたが……市川先生ご自身はどんなお気持ちで描いていましたか?
市川 フォスたいへんだな、がんばれよ、と。 どんなに痛手を負っても死なないので諦められない、無謀でも進むしかないという状況は想像するとなかなか哀しくて、だからこそのよさがあるのではと思っています。
――無事に修復して安心しましたけど。戦闘や身体の欠損など痛々しいシーンと、でも死ぬわけではないせいかどこかあっけらかんとしたムードが共存しているところに、心がざわざわするんですよね。不穏なようで心地よい。
市川 永遠に復活の可能性のある状態が続くというのはけっこうつらそうです。描きながら、生命に限りがあることって、じつは幸せなことかもしれないと思ったりします。
――特に気に入っているキャラクターは? もちろんお気に入りばかりとは思いますが。
市川 ルチルが気に入ってます。雑な性格で、ほっとします。鉱石自体はすごく繊細なのにこんなキャラになって申し訳ないと思っています。
――私情を丸出しにしてお聞きしますが、金剛先生、シンシャはどうですか?
市川 金剛先生はちょっとこわいけどかわいげがあるという、私の考えるいい男像です。
――ふだんは圧倒的に厳しいけれど、ちょっとしたところに優しさが表れてますよね。大好きです!
市川 シンシャは鉱物のなかでもかなり変わっている性質と、銀と血赤色に光る結晶はたいへん危うい魅力があり、その雰囲気が出せればいいなと思いながら描いています。
――硬度はフォスよりも弱く、しかも体から毒液が出続けるためにみんなから遠ざけられているという因果な運命を背負っているところにキュンときます。唯一シンシャに近づいていくフォスとの絡みがこれからも楽しみです。
市川 フォスの夢にシンシャが出てくる場面は、かなり気に入ってます。
- 注1 「燐葉石(りんようせき)」とも呼ばれる鉱物。淡い青緑色のとても美しい石で、稀産なことから非常に希少価値が高い。