日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『動物たち』
『動物たち』
panpanya 白泉社 ¥980+税
(2016年11月30日発売)
こういってよければ、人は普通「描きこまれたものに目を奪われる」。
何も描かれていない紙などの画面に、たとえばあなたの部屋の、目についたものを描き出してみるといい。
つい、よく知っているもの、自分の興味のあるもの、描きやすそうなもの、そういったものを詳細に描いてしまうはずだ。そして、その絵をまた見かえす時に、その描きこまれたものにまず目を向けるだろう。
しかし、画家や漫画家、とりわけ優れた画力を持つ人たちは、描くべきものとそうでないものの取捨選択が非常に巧妙だ。
町中を歩くシーンで、電柱を描くために労力を割いてしまっては話が進まない。
さて、panpanyaはどうだろう。
この人にとっては、描くべきものとそうでないもの、という区別は、おそらくきわめて曖昧だ。とりわけ特徴的だからわざわざいうまでもないかもしれないが、ほかの多くの作家なら背景を省略してキャラクターを描きこむであろうところを逆転させている。
もっとも、マンガとはキャラクターの絵を見せるものではなく、そこに描きこまれる記号によって話を読ませるものだとして、キャラクターには記号を盛りこむ以上の描きこみをしない作家たちもいる。それにしてもpanpanyaの作品における、背景とキャラクターとの描きこみの落差は大きい。
触れば指が黒くなりそうなほど描きこまれた背景の上に、何か型で押してゴスンと抜き去ったかのように白く浮かびあがるキャラクター。物いわぬ背景が何かを語り、何かを感じたり考えたりするキャラクターたちの主張する存在感はごく薄味だ。
何かを話すことのない背景が、読者に語りかけているのは何なのか。それは実際の作品から受け取ってもらいたいが、本稿をここまで読んでくれた文字の好きな読者には蛇足ながら補助線を提供しておこう。
背景が語っているもの、それは「切り取られた時間」だ。
日記や用語集に彩られながら、切り出された煮凝りのように透き通った「時間」の流れ。
著者が取り出さなければ、どこにも留まらずに流れ去っていたであろう何かを、一見空虚なキャラクターたちを触媒にして作品としてすくい取る。
読者はこの、歯ごたえがないようでいて口当たりの心地いい、薄味なようでいて味わい深い、奇妙な時間を楽しめばいい。
<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
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