日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『大阪ハムレット』
『大阪ハムレット』 第5巻
森下裕美 双葉社 ¥740+税
(2017年2月28日発売)
名もなき人々の人生を切り取ったオムニバス・シリーズ『大阪ハムレット』。
巻を重ねるたびに熱烈なファンを増やし続け、手塚治虫文化賞短編賞と文化庁メディア芸術祭優秀賞をダブル受賞した同作がついに完結した。
本巻に収録されているのは、「わてはただ生きておるだけです」という文盲でひとりぼっちの小さな老婆とある少年の交流を描いた『サリバン先生』と山奥の村に嫁いできた女性の物語を少年の視点から描いた『山の花嫁』の2作品。
ほのぼのした絵で描き出される登場人物はいずれも、寓話のなかのキャラクターのような牧歌的な雰囲気を漂わせるが、一方でどこかに本当に実在しているような不思議なリアリティがあり、読み終わったあともふと気がつけば、遠くの友人を思うように彼らの人生に思いをはせている自分がいる。
一般的には決して「幸福」とはいえないが、みずからの運命を受け入れ、精いっぱい生きている彼らは、けっして多くを語らず、周囲の人々ともごく日常的な会話を交わすだけなのだが、だからこそ本作にはツイッタ―ではけっして吐露されない、そっと胸のうちにしまっておきたくなる、ささやかだが尊い思いがみっちりとつまっているのだ。
『山の花嫁』の後日談の最後のモノローグも、シリーズを締めくくるにふさわしく、万感胸にせまる。
やりきれない話も少なくないが、読み終わったあとには不思議とあたたかなものが残る「人生劇場」だ。
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69