新緑高校1年生、女子バスケットボール部所属、五十嵐青。青は、卓越したバスケットセンスを持ちながらもチームから浮いてる無愛想な少女、飛鳥のことが気にかかる。全国を目指すなか、次第に絆を深めていく2人。しかし、青はだれにも話すことができない、ある感情を抱えていて―――。
自身の体験を織り交ぜ、トランスジェンダー×バスケという今までに類を見ない作品となった『ECHOES』。前回のインタビューでは、中学時代から先生が感じていた、性に対する違和感について語ってくださった歩先生。
インタビュー第2弾は『ECHOES』誕生のきっかけになったエピソードから、著者の歩先生が漫画家になっていくまでをお話頂いた。「このマンガがすごい!」大賞受賞者のデビューまでの道のりを追う!
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『ECHOES』
歩 宝島社 ¥700+税
(2016年12月10日発売)
『ECHOES』を描かなくてはという想いに突き動かされて東京へ!
――歩先生は、小さい頃からマンガ好きだったんですか?
歩 日常的に触れてはいたけど、まあ人並み程度です。好きだったのは『名探偵コナン』[注1]とか『HUNTER×HUNTER』[注2]とか。でも、ぼくがマンガを描こうとか物語をつくってみたいと思ったきっかけは、小学生の時『ゼルダの伝説 時のオカリナ』[注3]というゲームに出会ったこと。完璧にこれです。すごく想像力を刺激される世界観で……このキャラクターのイラストを描いたりしていました。
――イラストだけですか?
歩 中学生の頃にはオリジナルのマンガの設定みたいなものをノートにいっぱい描くようになりました。ファンタジー大作みたいな。
――わかります。最初から「大作」なんですよね!
歩 6人の少年戦士が邪神を倒す……みたいな。でも、原稿の2ページで挫折したけど(笑)。そこからはもうノートに描きたいシーンだけを描くくらいでしたね。
――『ECHOES』の構想もこの頃にできて……高校時代は部活に忙しくてマンガどころじゃなかったでしょうね。
歩 そうですね。高校卒業時には、イラストレーターになりたいと思って芸術系の専門学校に進みました。絵を描くことが好きな仲間に出会えて、楽しかったですね。また、デッサンを初めてちゃんと習ったり、いろんな課題をとおして画材の使い方も学べて。専門学校でアナログの画材のすばらしさがわかってから、ずっとアナログで描くようになりました。それまでは、ずっとデジタルで絵を描いていたんですよ。
――卒業後は?
歩 最初からフリーで仕事をしたいと思ってたんですが、先生にとりあえず就職したほうがいいといわれたので、札幌のゲームの下請け会社のデザイナー職に就きました。本当は東京に行きたかったんですけど、まだお金もないからとりあえず。そうして働き始めて……20歳の頃、会社帰りに、本当は今までずっと通学中も通勤中も『ECHOES』という作品のことを無意識に考えていた自分に気づいたんです。
――決して忘れていたわけではなかったんですね。
歩 はい。これが自分の一番やりたいことだったんだと自覚して、そこからまた構想がふくらんでいきました。自分自身もそうであるように青にトランスジェンダーという設定を加えたことで、この作品を描く想いがより強くなりましたね。青と飛鳥の姿や関係性をとおしてしか描けないものがある。それによって飛び越えていけそうなものがたくさんあると感じたんです。
青だけが特別じゃない。みんなの心の葛藤を同等に描いています
――東京に出てきたのはどんなタイミングで?
歩 もうそろそろマンガに踏み出さなきゃと思っていた矢先、イラストの個展でお世話になったカフェのマスターに相談したら「きみは東京に行ったほうがいい」といわれたんです。この言葉がすごくビリビリ来て、3年務めた会社を辞めて東京に行きました。
――いよいよ東京で仕事をしながらマンガを描く生活に?
歩 はい。スマホ向けのゲーム会社でデザイナーを2年ほどやって、イラストレーターとして独立しました。これと並行してマンガを描き始めたんです。
――長年描きたいと思ったものを描き始めて、新たに気づいたことはありましたか?
歩 構想はあったのですぐに描き始められるだろうと思ってたんですが、実際は簡単じゃなかったですね。バスケ描写をするにしても、キャラクターの基本的な性格とは別にバスケットをする時の性格設定が必要なんだと気づいたり。これが最初の壁でしたね。ここがあいまいだと、試合のシーンを描こうとしても形にならない。ブラッシュアップすべきことが膨大にありました。
――コートのなかと外の性格の違いって、ふだんあまり語られることがないですが、確実にありますよね。
歩 ふだんの性格そのままの人もいれば、コートに入ると変わる人もいる。一番違うのは葉月とか飛鳥ですかね。飛鳥はおとなしいかと思いきや、コートのなかではまったく遠慮がなくアグレッシブ。それがこの子の自己表現なんだと思います。
――やはりバスケ部時代のことを思い出しながら描いたのでしょうか。
歩 チームのみんながそれぞれに悩んでいる3話あたりは、かなり当時を思い出していましたね。
思えばバスケ部時代、ぼくだけじゃなくみんなそれぞれに葛藤を持っていたはずなんです。でも、何があっても毎日体育館に来てバスケをしている。その葛藤の部分が描かれていないと、この話はドラマ性がなくなってしまう。1話で青の葛藤、2話で飛鳥の葛藤が示されて……3話でチームの崩壊を描きながらもこのチームって何なんだろうと。この2人だけじゃなくみんなにもそれぞれ葛藤があるんだと。ここを描くことがこの作品の一番の特徴で、普遍的なテーマになると思いました。
――「どうしたら飛鳥がチームになじめるか」が問題点ではないんですよね。チームの全員が、それぞれに悩みを抱えているわけで。
歩 みんな表の印象とは違う面を持っています。青の場合は自分のジェンダーのこと、飛鳥が過去の人間関係から人を信頼できなくなってしまったこと、樹里が膝の痛みを隠していること、金子が自分の情けなさと過去への罪悪感と闘っていること……ぼくは、これらをすべて同等のこととして描いています。
――悩みがなさそうに見える子も、本当は人にいえない想いを抱えているんですよね。
歩 外から見えないものをだれしも持っていて、たまたま青の場合はそれがジェンダーに関することだったというだけで、青の悩みを特別なものとして描こうとは思っていません。ただ、こうしたことを特異だとする世の中でなくなってほしいという願いも根本にあります。作中の設定のひとつとして自然に取り入れていくことで、人々の日常に根づいていけばいいなと思っています。
- 注1 『名探偵コナン』青山剛昌による日本のマンガ。「週刊少年サンデー」(小学館)誌上で1994年(平成6年)5号から連載を開始。「週刊少年サンデー」史上最長連載作品。2014年3月、コミックスの総発行部数が1億5000万部を突破した。
- 注2 『HUNTER×HUNTER』冨樫義博による日本のマンガ。「週刊少年ジャンプ」(集英社)誌上において1998年(平成10年)14号から連載を開始し、『ONE PIECE』に続く2番目の長期連載作。単行本は33巻まで発刊。累計発行部数は6800万部を超える。
- 注3 『ゼルダの伝説 時のオカリナ』は、1998年11月21日に任天堂より発売されたNINTENDO64(N64)用アクションアドベンチャーゲーム、アクションRPG。ゼルダの伝説シリーズ第5作目にして初の3D作品となる。完成度の高さと革新的な提案は世界中から高く評価され、第3回CESA大賞(現・日本ゲーム大賞)大賞や、第2回文化庁メディア芸術祭 デジタルアート〔インタラクティブ〕部門 大賞など、日米欧で数多くの賞を受賞した。