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今回紹介するのは、『ウムヴェルト 五十嵐大介作品集』
『ウムヴェルト 五十嵐大介作品集』
五十嵐大介 講談社 ¥600+税
(2017年3月23日発売)
リサイクル業者が出会う老女の舞とガルーダ神話。
動物は、身体が大きくなるほど脈拍が遅くなるという。
一生のあいだの心拍数が決まっているという俗説があるように、脈拍が遅い動物ほど長生きするといわれている。
小鳥やネズミなどの小動物の一生は、クジラやゾウの一生と比べたらごく短期間に終わってしまう。
客観的な時間を尺度に考えると小動物は早死にするということになるが、しかし人間の時間感覚で考えてみたらどうだろうか。
よく、歳をとると月日がたつのを早く感じるという。
6歳児にとっての1年はじつに一生の6分の1を占めるが、30歳の大人にとっての1年は一生の30分の1にすぎない。
自分の生きてきた時間のなかで捉えるならば、単純計算で1年の長さが6歳と30歳で5倍も変わる。
1年、1月、1日、生きている今この瞬間が、刻一刻、どんどん短く感じられるようになっているのだ。
この『ウムヴェルト』収録1作目の「ガルーダ」は、老女が衣装を着て舞うことで、小鳥から伝説上の巨鳥ガルーダへと変身する瞬間が描かれる。
古物回収の見積もりのために、獣の白骨化した死体が打ち捨てられているような山奥へ入った業者という第三者の目にうつる、切り取られた老女の生活。そして最後の2コマに描かれたガルーダとおぼしき巨大な翼の影。
異なったスケールが、まるで魔法のように詰めこまれた短編だ。
表題作である「ウムヴェルト」は、理論生物学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュルが唱えた“環世界”という概念のドイツ語のカタカナ表記。
“環世界”とは、動物ごとに感じるそれぞれの世界のことで、たとえば犬は人間よりも視覚が発達していない反面、嗅覚は鋭敏で、時間の流れや出来事の連なりを嗅覚でとらえる傾向が強いと考えることができる。
つまり犬は“匂い”によって多くを構成される、人間の生きている世界とは異なったものだということもできる、という考え方だ。
短編「ウムヴェルト」には、遺伝子操作によって“人化”させられたカエルの少女が登場する。 カエルの皮膚は、人間の鼓膜のように音を聞くことができるため、いわば全身で世界の音をとらえているのだ。
人ならぬ者が生きる時間、日常的ではない存在が捉える感覚。人が見たままを描くだけでは表現することのできない“世界”を詰めこんだ短編集だ。
<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
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