人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
ヒトと動物のハイブリッド"HA"(ヒューマナイズド・アニマル)たちの繰り広げるバトルシーン、美しい風景描写などで多くの読者を魅了し、1巻ながら『このマンガがすごい!2017』オトコ編第ランクインされた『ディザインズ』。
前回は、本作を描くにあたって、大きなテーマとなる「半人半獣」についてのこだわりや、本作を通して表現されている「環世界」など、作品のテーマについてお聞きしました。
今回は、先生がいかにして美しい風景描写や半人半獣の生き生きした姿を描いているのか、そして最新第2巻の見どころや気になる今後の展開、『ディザインズ』の原型となる作品が収録されている短編集についてなど、たっぷりとお話をうかがいました!
今回お話をうかがったのは、五十嵐大介先生!
五十嵐先生の大切にしている感覚
――昨年3月、Eテレ『浦沢直樹の漫勉』に出演されましたが、そのとき描いていたのが「04.ナラ・プラント計画」の見開き(P.168~169)ですね。
五十嵐 これは西表島がモデルです。見る人が見ればわかると思います。
――浦沢直樹先生が指摘していましたが、これは上下に分割されたコマがつながっていて、1枚の長いパノラマになっているんですね。
五十嵐 そんなに実験的なことをやろうとは思っていなくて、パノラマ的に描きたい時にどう描くか、というところからひねり出したんです。
──見開きでは足りない?
五十嵐 見開きを2つつなげようかとも思ったんですけど、合計4ページ取ってしまうので、それはページを取りすぎだし、ひと目で見えてほしいな、というのもあったんです。
──「この絵で読者を驚かせてやろう」みたいなことは、普段から考えますか?
五十嵐 むしろそればっかりですよ。
ただ、見開きでドーンと絵を見せて、それで驚かせようという気持ちはなくて、見開きで描いているところは、あくまでストーリー上とか演出上の問題としてやっているだけです。絵的なつながりで、このシーンとこのシーンをつなげればおもしろそうだな、って感じを重視しています。そっちのほうが優先度としては高いですね。
──放送では下書きシーンから放映していましたが、その前段階、つまりネームではどの程度のものを描いているんですか?
五十嵐 作品にもよるんですけど、連載だと時間的な制約があるので、ネーム兼下書き、ということにすることもあるので、本番と遜色のないネームを描いたりします。
──たとえばセリフのない風景のシーンとか、ネームで担当編集者に内容を伝えるのは、なかなか難しいですよね?
五十嵐 そうですね。言葉で伝えてもある程度はわかってくれますけど、ちゃんと伝えようと思ったら描くしかない。それに自分でも確認したい部分があるので、結果的にネームでけっこう描いちゃいますね。
──今アシスタントは何人?
五十嵐 連載だと、最後3日くらいひとり来てもらって、消しゴムかけとか、ベタとか、トーン貼りをお願いしてます。トーンもおおざっぱなところ以外は、貼ってもらうだけで、削りは自分でやっています。基本的には全部自分が手を入れています。
──五十嵐先生の絵は猛烈にうまいので、アシスタントできる人もいないのでは……?
五十嵐 いや、これは技術的な問題じゃないんですよ。自分のなかでは、描きながら作っていく部分があるので、自分でもわかっていない。だから「ここをこうしてください」って指示を出せないんです。
──そうなんですか? 五十嵐先生は「ここはこういう絵じゃなきゃダメ」みたいに、確固としたイメージを持って原稿に臨んでいる印象があったのですが。
五十嵐 逆です。決まっていたら「この背景はこの写真で」とか指示を出せるんですけど、私は描きながら考えているので。1コマあたりに入れる情報量とか、全体のバランスを見ながら考えていくので、資料用の写真だって、そのまま使えるわけじゃないんですよね。
──1コマあたりの情報量ですか。
五十嵐 それを優先してます。だから、このコマに必要な情報量を入れようと思ったら、主人公は立たせておいて、背景ももっと入れよう、とか。だからパースの合ってないコマもいっぱいあります。
──たとえば1コマあたりの読者の視線の滞在時間、などを気にしますか?
五十嵐 します。ある程度は。それは自分の納得のために意識しています。自分の目に見えている風景、自分の感じている感覚に近づけるように描いているので。本当はもっとメリハリをつけるのが今回のテーマでもあって、全部のコマにしっかりと描きこむのではなくて、描きこむシーンとそうじゃないシーンをわけよう、と考えつつやっているんですけど、まだ不慣れな部分もありますね。
──では、あまり写実的に描くというよりは、感じたものを描く、という意識なんですね。
五十嵐 そうです。だから、ちゃんとデッサンを勉強している人が見たら、かなり気持ち悪い感じになっていると思います。ぐちゃぐちゃ。「本当はこうなんだけどな」っていうシーンはいっぱいありますよ。
──なるほど。個人的に先生が「アート系の作家」だと思われるのは、パッと見でマンガ的な表現をあまり使っていないように見えるからだと思うんです。
五十嵐 というと?
──マンガって、1コマのなかで動きを表現するじゃないですか。たとえば人間の動作の分解図みたいに、連続写真のように1コマのなかに同じ人物をたくさん描いて動きを見せるとか。
五十嵐 そうですね。
──五十嵐先生は、そういうことをやらないイメージがあります。
五十嵐 やりませんね。
──それはなぜですか?
五十嵐 え、なぜだろう? うーん……、自分のなかでしっくりこない。むしろマンガ的表現は、やりたいんですよ。ただ自分の世界観のなかでは「それ(マンガ的表現)を上手にできない」という感じがありますね。
──ただ、先生の絵は重心がわかるので、連続絵とかスピード線がなくても、そのキャラがどちらに動いていくのがわかると思うんです。だから、「なくても問題ない」とは思うのですが、先生ご自身は「むしろやりたい」と?
五十嵐 たしかにマンガ的表現を使ったほうが、パッと示せる利点はあるんです。読みやすさもあるんでしょうけど、マンガが得意とする表現の仕方と、自分がやりたいことのあいだに、ちょっとズレがある……ような気がする。しっくりこない。でもデビュー当時に比べれば、だいぶマンガ的な表現は使うようになったと思いますよ。
──それは感じます。たとえばBD(バンド・デシネ)[注1]とかは1コマの絵としての完成度が高い反面、コマとコマのあいだの動的なつながりがわかりにくくて、日本のマンガを読み慣れた読者からすると、読みづらさを感じると思うんですよ。
五十嵐 うん、BDは読みづらい。おもしろいんですけど、マンガとは別物ですね。むしろ小説を読むような感覚のほうが近い。
──だから五十嵐先生の作品は、パッと見でマンガ表現を使っていないような印象を受けても、やっぱり”マンガ”なんですよね。
五十嵐 そうです、そうです。マンガであるということを、すごく大事にしているんです。
マンガはもっといろいろできるし、本当はなんでもできるんです。びっくりして顔が青ざめた絵とか、マンガ的な表現は自分でもやりたい。だけど、自分のなかでしっくりきていないし、怖いという気持ちもある。やりたいなと思いつつ、躊躇してしまう。「やり方がわからない」という感じです。
なるべく自分が見た感じに描こう、自分に見えている世界、感じた世界を描こう……とした時に、マンガ的に培われてきた表現方法との接点が、そんなに大きくないのかもしれない。ただ、慣れてきたら、そのうちできるようになる気もします。時間が無限にあるんだったら、もっといろいろやりたい。連載中は労力をかけずに自分が思っている表現に近づこう、と考えています。だから、ちまちまと緻密に描いているとよくいわれがちなんですけど、緻密というのとは違うんです。
──自分なりの省略なんですね?
五十嵐 ある程度そう(緻密に)見えるような工夫はしています。でも、すごい省略していますよ。
──『ディザインズ』では、アクションシーンが多いので、これまでの作品よりも効果線やスピード線もあって、マンガ的表現も多く感じられます。
五十嵐 そうですね、画面の迫力とかを考えているので、なるべく今回は取り入れようとしています。結果的に、空気とか水の流れを示すために使っていることが多いかな。
──今作は街中のシーンもあるので、人が多いですよね。
五十嵐 街中のシーンは描いて楽しいですねぇ、細かくて。
──あ、やっぱり細かいのを描くのは好きなんですね。
五十嵐 時間に追われていなければ、風景は細かいほうが楽しいですよ(笑)。昔は人間を描くのが苦手で、背景を描くのが楽しかったんですけど、でも最近は人間を描くのも楽しくなってきてます。
──先ほどの番組内にあった、初めて訪れた土地ではまずスケッチをする、という話が興味深かったです。それがその土地に対する挨拶というか、通過儀礼と考えている、とおっしゃっていました。
五十嵐 最初は、歌っていたんです。
──歌、ですか?
五十嵐 そう。その場所に行って最初にパッと思いついた歌を、歌ってみるんです。
──それは既存の曲ですか? それともその場で思いついたメロディ?
五十嵐 既存の歌です。気になる場所というのは、屋外だけでなく、屋内でも、教室なんかでもそうです。ちょっと気になるな、と思ったらそこで歌ってみる。そうすると、しっくりくるんです。ただ、既存の歌を歌っていると、そのうちに自分の言葉じゃないことが気になってきて……。そこで「じゃあどうするか」と思ったときに、いつもノートを持っているし、じゃあスケッチをするか、と。それがしっくりきた、というだけの話なんです。
──さきほどのマンガ表現にしても、五十嵐先生は“しっくりくる”という感覚をとても大事にされているんですね。
- 注1 BD(バンド・デシネ) フランスやベルギーといったフランス語圏のマンガを表す言葉。バンドは「帯」、デシネは「描かれた」という意味を持つ。