日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『浮浪雲』
『浮浪雲』 第110巻
ジョージ秋山 小学館 ¥552+税
(2017年5月30日発売)
これぞ永遠のマンネリズム!
著者のジョージ秋山は画業生活50周年を迎え、その単行本巻数は100巻を超えて第110巻に達した『浮浪雲』。
偉大なる長寿作品である本作にふさわしい言葉は、マンネリズムにほかならないだろう。
もちろんこれは褒め言葉。
幕末の東海道・品川宿を舞台に、問屋の頭でありながら、働きもせずにのらりくらりと女に声を掛けては気ままに過ごしている雲を主人公に、市井の人々の悲喜こもごもを描いてきての110冊目。
その最新刊でも、なぜか新婚の夫との初夜を拒む女の業を描いた「鎮魂さん」、生きることと死ぬことの悟りに触れた「趣味ですよ」など、人間くさいエピソードが展開されている。
いってみれば、もう落語の域なのだ。
古くても、変わり映えはしなくても、生と性の真髄を突いているだけに廃れない。廃れないどころか、常に新しいものとして、刺さり続ける。
そこがマンネリズムの強さでもあるが、そんな本作であっても品川宿をめぐるきな臭いドラマがあったり、対立劇があったりと、型を崩して怒涛の展開を見せていた時期もある。
それを突き抜けたうえで達したマンネリズムなのだから、本作は本物の伝統芸能だ。
そして本作がマンネリズムを追求しているかのように思わせる、もうひとつの点。
つまるところは、生きること自体がマンネリズムの極みだからだ。
本作には、日々の暮らしに、その苦しさだけでなく、平凡さ、つまらなさ、変わらなさに嫌気がさしてしまっている人々が多数登場してきている。
今巻収録の「無償愛」に登場する、ある男の妻。
無欲で、よくできた妻である彼女は、寝しなに天井を眺めて心のなか、つぶやく。
「この天井も……あきたわね」。
そして彼女がとった行動は……。
大きな声で笑いながら、「趣味は生きてることが趣味でんす」といってのける雲。
そんな雲が、ただただ海を見ているという場面も本作にはよく登場する。
マンネリズムのなかにもある喜びや楽しみや味わい。
それがまさに生きることでもあって、『浮浪雲』という作品そのものでもある。
そしてときに、そこにはとんでもない悲しみや怒りやさみしさも待っている。
本作はそれもすくいあげる。
マンネリズムは甘くない。ナメちゃいけないのだ。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。映画『暗殺教室』パンフも手掛けています。