365日、毎日が何かの「記念日」。そんな「きょう」に関係するマンガを紹介するのが「きょうのマンガ」です。
9月25日はグレン・グールドの誕生日。本日読むべきマンガは……。
『グールドを聴きながら』
吉野朔実 小学館 ¥590+税
1932年9月25日。カナダのトロントにて、グレン・グールドが誕生した。
1982年に没したが、現在でも1、2を争うほどの著名なピアニストである。
彼が演奏したバッハの「ゴルトベルグ変奏曲」は、1955年のモノラル、1981年のデジタル版ともにいまだ名盤として名高い。
グールドは早いうちに演奏会を辞め、それ以降は録音や放送媒体のみで演奏した。
その弾き方はなんとも個性的で、一度聞くと耳から離れないほどの独特な抑揚や間合いがある。
演奏曲からは常に彼の鼻歌が聞こえ、演奏時には自分専用の「マイピアノ椅子」をどこへでも持っていくなど、エピソードは数え切れないほど。
だがその個性と音楽の魅力で、今なおたくさんのファンを獲得している音楽家なのだ。
さて、今日はタイトルにそのグールドの名前を冠するコミック『グールドを聴きながら』をご紹介したいと思う。 そのオリジナリティと根強いファンの多さでグールドにも匹敵する漫画家、吉野朔実の短編集である。
高校初日の朝、真央子は立花(りっか)と出会った。
立花は、まわりのすべての視線を集めるほどのずばぬけた美人。神秘的な雰囲気のただよう、非の打ちどころがない美少女だった。
彼女の友人となった真央子は、とにかく立花に憧れ、さらに近づきたいと願う。しかし真央子は、どこかで気づいていた。立花が自分と一線を引いていることを……。
この作中で、立花が愛するピアニストとしてグールドが登場する。
グレン・グールドのピアノは、単なるモーツァルトやバッハではなく「グレン・グールドのモーツァルト」「グレン・グールドのバッハ」なのだ。
立花もまた同じように、ほかのだれにも代えがたい「鈴木立花」だった。だからこそ真央子はグールドの音源をあさった。グールドを知ることで、彼女に近づける気がしたから。
それは思春期にはありがちな心情なのかもしれない。
相手を想う気持ちが止められないこと。心が揺れてどうにもできないこと。そして、特別な存在に憧れと憎悪を同時に抱くこと――。
あの頃の不安定さを著者は見事に表現している。マンガのかたちをした、名作文学のようだ。
この表題作以外に4作品が収録されているが、いずれも一風変わったミステリアスな作品ばかりだ。共通点は身体の内外の痛み、傷だろうか。だがその残酷な場面すら、吉野朔実が手がけるとじつに美しい。 丁寧にページをめくりたくなる作品集だ。
まだグールドのピアノを未体験の方は、ネットでも探せるのでぜひ今日聞いていただきたい。もし同じ曲をほかのピアニストで聞き比べれば、どれだけグールドがオリジナルなのかわかるはずだ。
そして吉野朔実もまたどこまでもオリジナルな漫画家だったことを、繰りかえしになるが最後にもう一度述べておきたい。
<文・山王さくらこ>
ゲームシナリオなど女性向けのライティングやってます。思考回路は基本的に乙女系&スピ系。
相方と情報発信ブログ始めました。主にクラシックやバレエ担当。
ブログ「この青はきみの青」