日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『吉野朔実作品集 いつか緑の花束に』
『吉野朔実作品集 いつか緑の花束に』
吉野朔実 小学館 ¥1,111+税
(2016年12月9日発売)
この本の著者・吉野朔実が、さる2016年4月20日に永眠したことに衝撃を覚えた読者は少なくないだろう。
享年57歳であった。
本作『いつか緑の花束に』は、読み切り2作品に加え、未公開ネームやインタビュー、美しすぎるカラーイラストギャラリーなど、まさに記念碑的な作品集だ。
読み切りは表題作の『いつか緑の花束に』と『MOTHER』。
巻頭の『MOTHER』は、大戦ののちにほとんどの人々が死に絶え、小さな島で生きる人々の話だ。
犯罪者の許されない国。オリジナルとクローン、ミックス(人工授精体)の存在する世界。
「指揮者(コンダクター)」によって見張られ、罪を犯した者は同等の労働が課せられる。
ものを盗めばすべてを一から作り直しもとに戻さねばならない。パンを盗めば鳥を育てて卵を得る、海の塩を精製するところから始める。
とすると、人を殺したら……?
そのテーマは『MOTHER』と(編集部によれば「おそらく」)補完関係となる『劇団ソラリス』で主に描かれる予定であったようだ。
『MOTHER』の続編も『劇団ソラリス』も未完のネームではあるが、やはり著者らしいオリジナリティにあふれた内容だ。
マンガで見たかったとだれもが思うところだが、それを各読者の想像力に託した関係者の英断ともいえよう。
収録されているツートーンコミックで特に顕著だが、著者の絵柄はマンガ的というよりは美麗なイラストレーションを見るようでもある。
だが著者は今年3月のインタビューで、「まんがで描く以上、『まんがでしかできない』表現をしたいということです」と語っており、常にマンガというアプローチを崩さずにいる。
軽妙なコミカルさと、静謐な絵柄が同居している吉野朔実のマンガ世界は、やはり唯一無二のものであったといわざるをえない。
よい意味で生活感の薄い、体温の低いキャラクターたち。卓越したビジュアル表現。リリカルで文学的なネーム。時に軽く、時に重いファンタジックなストーリー。
ぜひゆっくりと味わっていただきたい1冊だ。
<文・山王さくらこ>
ゲームシナリオなど女性向けのライティングやってます。思考回路は基本的に乙女系&スピ系。
相方と情報発信ブログ始めました。主にクラシックやバレエ担当。
ブログ「この青はきみの青」