日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『零落』
『零落』
浅野いにお 小学館 ¥972+税
(2017年10月30日発売)
2002年から2004年にかけて「サンデーGX」にてオムニバス短編シリーズ『素晴らしい世界』を連載。現代に生きる若者たちの苦悩や葛藤、それをあっけらかんと笑い飛ばしてみせる瑞々しくも達観した世界観で新世紀を象徴する漫画家としてシーンに登場した、浅野いにお。
かくいう私も彼の登場に少なからず衝撃を受けたひとりだった。
それだけに、実写映画化もされた大ヒット作『ソラニン』はさておき、『おやすみプンプン』や『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』といった明らかに若い読者層を意識した近年の作品には、すっかり疎遠になった学生時代の友人のような“しっくりこなさ”を感じていたのも、また事実だった。
しかし、彼の最新単行本『零落』は、そんな筆者のような人間こそ必読だ。
主人公は、長年取り組んでいた人気連載が終了。編集者の妻との関係も行きづまり、行き場を失った30代半ばの漫画家、深澤薫。漫画家として成功するという夢を叶え、そのまま脇目もふらずに駆け抜けてきた彼が、久しぶりに立ち止まった時、そこにあったのは圧倒的な虚無感だった――という状況は、中年と呼ばれる年齢に差しかかった者なら多かれ少なかれ共感できるものだろう。
とはいえ、本作の主人公は浅野いにお本人とかぎりなくイコールに近いわけで。ツイッタ―の書きこみに一喜一憂したり、慇懃無礼な編集者やインタビュアーに憤ったり、逃げ場を求めるように風俗に通い詰めたり……といったエピソードも、どこまでが事実でどこまでが虚構なのか?
スリリングな好奇心をかき立てると同時に、
「出版社から見ればもう終わった作家なんだろうね」
「あんなのが売れてる事にもっと危機感持てよ。何がおもしろいとか何が売れてるとか、そんなもんに一喜一憂する生活はもううんざりだ」
といったセリフも、一種鬼気迫るようなすごみを放ってくるのだ。
なかでも彼が真っ白な原稿用紙を前に
「喜びも悲しみも、人としての営みも、全て漫画の中に置いてきた。自分にはもう描きたい事など何もない」
と心中を独白するくだりは、鳥肌もの。
「エンターテイナー」に徹していた作家が長年封じ込めていた純文学的叫びがここにある。
そんな漂泊の果てに深澤が選択した道は、なんとも浅野作品らしいシニカルなもので、作家の業を感じさせるビターな後味もたまらない。
漫画家が漫画家について描いたマンガとしても秀逸な1冊だ。
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。『音楽マンガガイドブック』(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69