『コーラル ~手のひらの海~』第5巻
TONO 朝日新聞出版 \680+税
(2014年12月5日発売)
深海に棲む人魚たちは、海で命を落とした“陸の人”を集め、冷たい海水につなぎとめていた。
死体は、女王が真珠の玉を与えると「兵隊」になる。記憶を失ったままで、人魚を守るために身を捧げ戦う。
……というのは、劇中での空想世界の話。考えたのは、幼いころ交通事故で足を治療していた少女・珊瑚。
亡くなった友達のサトシをモデルにした人魚の兵隊のソルトと、ヒロインの人魚・コーラルを軸にした、複雑な人魚社会の物語を、脳内でつくりあげていく。
珊瑚は母の浮気でできた子で、母は家から出ていってしまった。血のつながっていない父たちと暮らしているが、家族はみんな優しい。どちらかというと幸せな生活を送っていると、本人も思っている。
けれども少女の時期に感じる不安は、そんな簡単に割りきれるものじゃない。
たとえば、現在一緒に住んでいる父が、女性と歩いているのを目撃したと聞いた時。珊瑚は「仕方ないじゃん」と言う。
「私だってもうそろそろ、お母さんの顔忘れそう」
だがこの時、彼女が思い描いた人魚の世界では、先代の人魚の女王が新しい兵隊を作って、みなの生活を脅かすかもしれない、という穏やかではない事件が起きている。
なにかが変わっていくことが、本当は不安で仕方ない。漠然としたモヤモヤを、空想世界の人魚たちの行動を用いて表現していく。現実と空想が巧みに交錯していく。
珊瑚が思い描く人魚たちの世界は、基本的に平和で楽しい社会だ。
だが時に熾烈。身体を失っても死ねない。耳から回虫が入れば気が狂う。陸から来た人間はみな死んでいる。ゾクッとする表現もかなり多い。
珊瑚が足を怪我したことと「人魚」は少なからずつながりがあるだろう。死を間近に感じたことで、死体の兵隊のイメージも膨らんでいる。
最終巻である第5巻では、現実世界で、精神的に不安定だった母親が戻ってきて、衝撃的な告白をする。
現実には、劇的な出来事はたしかに多い。だが生活は意外となにも変わらないものだ。少女の不安は次第に、視野の拡大へと変わる。
空想し続けた珊瑚が最後どのような選択をするのか、確かめてみてほしい。
<文・たまごまご>
ライター。女の子が殴りあったり愛しあったり殺しあったりくつろいだりするマンガを集め続けています。
「たまごまごごはん」