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『描かないマンガ家』第7巻 えりちん 【日刊マンガガイド】

2015/01/17


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『描かないマンガ家』第7巻
えりちん 白泉社 \648+税
(2014年12月26日発売)


中島敦に『山月記』という小説がある。
国語教科書に掲載されたため、読んだことがある人も多いだろう。唐時代の役人・李徴(りちょう)が虎に変身してしまう話である。

秀才の李徴は下級役人の職に満足せず、詩人として身を立てようとするがうまくいかない。結局は役人の職に戻るが、かつて見下げていた連中が出世して彼の上司になり、李徴は深く傷つく。
やがて出張先の宿で発狂した李徴は虎になるが、彼は自分が詩人として大成できなかった理由を「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心の所為(せい)」であると述懐する。
詩作のために誰かに師事したり、同好の士と交わって作品を批評されることを恐れ、かといって才能を磨く努力をしたわけではない。他人からは傲慢に見えたが、彼は自分に才能がないことを認めたくなかったのである。
かくして李徴は心のなかに「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」を飼い太らせていった。

えりちん『描かないマンガ家』の主人公・渡部勇大(ペンネームは器根田刃)は、マンガの専門学校に通う26歳。
「自称マンガ家」だが、とにかく描かない。ネームを切った経験もない。まさしく「描かないマンガ家」である。 専門学校の同級生とファミレスで「朝まで生会議」をしたり、他人の作品を超絶“上から目線”で批評したり……と、「何かをしている気分にどっぷり浸っていた」器根田先生のクズっぷりが、痛々しくもおもしろい。

昨年、実写ドラマが大ヒットした島本和彦『アオイホノオ』の主人公・焔燃が、大言壮語しつつも努力を惜しまない「作家の卵」であるのに対し、器根田先生は創作に憧れる人間のダークサイドだけをクローズアップした「クロイホノオ」と言えるかもしれない。
「自分は大ヒット作家になる」という根拠のない自信は、いったいどこから来るのだろうか。「週刊少年ダンプ」で売れっ子になった自分を妄想している器根田先生の表情は、かなり恍惚としており、なかなかたまらんものがあります。

『山月記』の李徴は、虎になったあと、かつての同僚に「己の詩集が長安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがある」と心情を告白する。
李徴には書きたい詩があるわけではない、詩人として成功してチヤホヤされたいのだ。
だから『描かないマンガ家』は、「日本のマンガ界を舞台にした現代の『山月記』」と言える。ギャグ・コメディではあるが、普遍的なテーマが通奏低音となっているのだ。
器根田先生の勘違いっぷりはおもしろく、そしてわれわれの心のデリケートな部分をチクチクと刺激してくる。

そして迎えた7巻。ここまで器根田先生は、原稿を描いていない。本当に描かねぇな、コイツ。
最終巻にして器根田先生は、ついに描くのか!? それともやはり描かないのか!?
すでに29歳になった器根田先生は、このまま虎になってしまうのか!?

マンガに限らず、すべての創作分野において、作品を他人の目にさらすのは勇気がいることだ。そして自分の技量を認め、努力を積むことも、本当にシンドイことである。すべてのマンガ家がそのハードルを乗り越えているからこそ、彼らの作品は僕らの胸を打つ。

器根田先生はその第一歩を踏み出せるのか?
この作品は、マンガを志したすべての人に送るエールである。



<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでのマンガ家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama

単行本情報

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