『新装版 孤独のグルメ』
久住昌之(作)谷口ジロー(画) 扶桑社 \1,143+税
1963年1月19日は俳優・松重豊の誕生日だ。
様々な役柄をこなすベテラン俳優の松重氏だが、マンガファンにとってはやはり、人気マンガ原作である深夜ドラマ『孤独のグルメ』の「ゴローちゃん」という印象が強いのではないだろうか?
「モノを食べるときはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。
一人で静かで豊かで……」
など、数々の味わい深い名セリフで知られる『孤独のグルメ』。
本作は、個人貿易商を営む主人公・井之頭五郎が、偶然立ち寄った食事処で様々に思慮を働かせながら食事をする……という極めてシンプルなプロットでありながら「等身大の人物のリアルな食事描写を執拗に描く」という新しい切り口が話題となった、グルメマンガの記念碑的傑作だ。
しかし、そのいぶし銀な作風ゆえか、当初は一般層への認知はお世辞にも高かったとはいえず、長らくの間「知る人ぞ知る名作」「カルト人気を誇る作品」という扱いが続いていた。
しかし、2012年から放映された松重氏主演のドラマ版が異例のヒット。ドラマ放映直後は、撮影現場となった店舗に行列ができるなど、現実社会にまで影響を引き起こすほど人気が加熱した。
その後、ほどなくしてドラマは「Season2」「3」「4」と続編が制作されていき、『孤独のグルメ』は一躍全国区に名をはせることとなったのだ。
ヒットの要因として、もともと原作が有していた物語形式の完成度の高さもあるが、やはり主演である松重氏の存在も大きいだろう。
じつは原作者の久住昌之曰く、この松重豊主演版ドラマの制作以前にも、別のドラマ化企画が存在しており、そちらの主演(井之頭五郎役)は長嶋一茂氏を予定していたそうだ。だが久住氏は、この企画に対し「長嶋一茂は嫌いではありませんが、ちょっと」と、NGを出したとのこと。
「普段から食事をとてもおいしそうに食べている」という理由で五郎役に抜擢された松重氏は、原作のイメージを尊重し、ドラマ化に慎重であった久住氏も納得。
ガッシリとした体躯でありながら、どこか繊細さを感じさせる雰囲気が、五郎というキャラクターのイメージにも合致。若い頃は相撲や柔道などの格闘技に打ちこんだという経験も、武道をたしなむ五郎と通ずるものを感じさせる。
名優によって成功をとげたドラマ版はもちろんだが、原作であるマンガ版の動向も見逃せない。
最近では新作短編の発表も散発しており、そろそろ新しい単行本が出そうな『孤独のグルメ』。この機会に名作グルメマンガを読み返して、腹の虫を鳴らしてみるのはどうだろうか。
<文・一ノ瀬謹和>
涼しい部屋での読書を何よりも好む、もやし系ライター。マンガ以外では特撮ヒーロー関連の書籍で執筆することも。好きな怪獣戦艦はキングジョーグ。