『一の食卓』第1巻
樹なつみ 白泉社 \630+税
(2015年3月5日発売)
日本の西洋料理がうまいのは、慣れ親しんだ“和”と、もの珍しい“洋”がそれこそうまいこと融合しているからなんだと思う。
樹なつみ『一の食卓』はまさにそんな作品だ。連載誌は、時代劇に伝統芸能ものと、女性誌でもまさに和ものの多い「メロディ」。そんな掲載紙においても『一の食卓』は、なんと新選組と西洋料理を融合させた異色の作品! これがなんともうまくて、おもしろい。
時は明治4年。日本人にとっての「はじめて」が、怒涛のように西洋からなだれこんでいた時代。
パンもそのひとつで、東京・築地の外国人居留地にあるフランス人のパン屋・フェリパン舎でも、日本人の少女・西塔明(さいとう・はる)が目新しいパン作りに励んでいた。
そんなフェリパン舎に、藤田五郎という謎めいた男がやってくる。公家で倒幕派の大物である岩倉具視からの紹介で、住みこみで働くことになったのだ。
歴史好きの読者は、ごぞんじとは思うが、藤田の正体は、かつて「壬生の狼」として、京都、会津、江戸でも恐れられた新選組・三番隊隊長の斎藤一。今は新政府の密偵となり、西郷隆盛の命令のもと、ある目的のため外国人居留地に入りこんでいて……。
元・侍の男と料理人を目指す少女の取り合わせが絶妙。
斎藤一をめぐる男の生き方のドラマ、明をめぐるお仕事ものの成長のドラマが、ときにライトに、ときにシリアスに融合する。
劇画的な男のドラマと、ロマンティックな女のドラマを少女マンガに見事融合させる作者の腕は、『花咲ける青少年』でも証明ずみだ。さらに言えば、もともと明は、上野の戊辰戦争の戦災孤児。その過去には、じつは斎藤もからんでいる。
字は違い、出自も異なるが、そもそも2人とも“さいとう”だ。元・侍で守るべき幕府も失いながら、新時代に生きようとする藤田こと斎藤一。そして、女ということで差別や揶揄もされながら、まだ日本では抵抗感の強いパン作りに励む西塔明。
正反対だけれど、どこか相通じるふたりの“さいとう”が、時代を切り開いていくドラマでもあるわけだ。
調味料や隠し味がわからなくても、おいしいものは理屈抜きでおいしいように、本作もページをめくりさえすれば、ただただおもしろいと引きこまれていくはず。
史実の偉人たちも多く登場していて、歴史好きも楽しめることはもちろん、斎藤一ファンにはたまらない作品だろう。同じく明治になってからの斎藤が登場する、『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』(和月伸宏)との描き比べなどもおもしろいかもしれない。
もちろん歴史を知らなくても、少女マンガとしても楽しめる。
大河感と劇画感、深いドラマに笑いもあって、華やかに楽しめるということでは、宝塚の舞台のような作品と言えるかもしれない。宝塚も和と洋の融合で、さらには男と女の融合。
完結したそのあかつきには、宝塚での舞台化……観てみたい気もする。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌『ぴあMovie Special 2015 Spring』が3月14に発売に。映画『暗殺教室』パンフも手掛けています。