『星守る犬』
村上たかし 双葉社 \762+税
渋谷駅周辺の待ち合わせスポットとして圧倒的な知名度を誇る忠犬ハチ公。
この銅像が建てられたのは今から81年前、1934年(昭和9年)4月8日のこと。これを記念して忠犬ハチ公銅像及び秋田犬群像維持会は、4月8日を「忠犬ハチ公の日」と定めている。
秋田犬のハチ公は1924年(大正13年)から東大農学部の上野英三郎博士に飼われることになり、通勤駅の渋谷駅までお供することも多かった。
だが、その翌年には博士が急死。ハチ公は帰らぬ主人を9年間も渋谷駅で待ち続けた。その健気な姿が新聞記事となり、忠犬ハチ公と呼ばれるようになる。
ちなみに銅像が出来たときにはハチ公も健在で、除幕式にも参加したという。
主人を待ちつづける忠犬としてのハチ公には異論も出ているが(駅前でもらえる焼き鳥が目的だったなど)、とにもかくにも80年以上、日本国民に愛され続け、名前を憶えられている犬などハチ公くらいだろう。
1987年には仲代達矢の主演で映画化されて、興収54億円の大ヒット。2007年にはリチャード・ギア主演で『HACHI 約束の犬』としてリメイクされたのも記憶に新しいところだ。
そんな忠犬の日にふさわしいマンガといえば、これしかないだろう。「このマンガがすごい!2010」オトコ編で4位を獲得した『星守る犬』だ。
物語は山奥の林道脇から朽ち果てた車両が発見されるところからスタート。その車には1年以上前に亡くなった中年男性の遺体と、死後3カ月程度の犬の死体が残されていた。
恐らくは飼い主と愛犬だろう。しかし、死亡時期にタイムラグがあるのはなぜなのか? 時間が巻き戻され、「おとうさん」と「ハッピー」の旅が始まる。
動物ギャグの『ナマケモノが見てた』で知られる作者の村上たかしにとって、本作は初めて挑戦したストーリーモノであったが、ひとりの男の生き様と、彼に忠実な愛犬が過ごしたかけがえのない時間を、過剰な説明を排除して丁寧に紡いでみせた。
その結果、「漫画アクション」掲載直後から大きな反響を呼び、コミックス刊行後は各種メディアにこぞってとりあげられ、スマッシュヒット。11年には西田敏行主演で映画化もされた。
泣ける、泣けると宣伝されまくったので、「どうせベタなお涙頂戴でしょ」と敬遠していた諸兄も多いと思うが、本作は違うと断言したい。
主人公の「おとうさん」は不器用なところはあるものの、なんら悪いことをしたわけはない。それにもかかわらず家族から突き放され、終活のパートナーに愛犬を選ぶことになる。
しがらみから解放されたひとりの男が、ズタボロになりながら夜空を見あげるクライマックスに心揺さぶられるのは、決して憐憫からではないのだ。
ハチ公よろしく「おとうさん」が“起きる”のを待っていたハッピーだって、名前のとおり幸せだったに違いない。
セリフが読めずとも世界に通じるマンガ表現の極北ともいえる大名作。長く読み継がれていくことだろう。
<文・奈良崎コロスケ>
68年生まれ。マンガ、映画、バクチの3本立てで糊口をしのぐライター。中野ブロードウェイの真横に在住する中央線サブカル糞中年。地元・立川を舞台にしたゲッツ板谷原作の映画『ズタボロ』(橋本一監督/5月9日公開)の劇場用プログラムに参加しています。
「ドキュメント毎日くん」