『花井沢町公民館便り』第1巻
ヤマシタトモコ 講談社 \590+税
(2015年3月23日発売)
『ひばりの朝』『運命の女の子』など、現代人が心の奥に押しこめている暗部を、鋭く冷徹に描き出すヤマシタトモコ。
そのヤマシタの新刊『花井沢町公民館便り』は、一見ほのぼのとした日常ものながら、キーとなるたったひとつのSF的設定により、人間の陰影をくっきりと浮き彫りにする、非常にセンセーショナルな作品だ。
舞台となるのは、2055年に起きた事故で、生物を通さない透明の膜に囲まれてしまった花井沢町。
だれも出られず、だれも入れない場所で、町民たちは物資を支給されて暮らす。
境界線ぎりぎりで開催されるアイドルグループのコンサートにはしゃぐ女子中学生。
泥棒を罠にかけようと町民たちが一致団結して始めたカレーまつり。
廃墟に入りこみキスするカップルを、興味津々で覗く男子小学生3人……。
金魚鉢のなかの日常はゆるやかに流れ、ノスタルジーさえ感じる。これが普通の町なら、温かい気持ちにでもなるだろう。
だが、花井沢町は出れも入れもしない特殊な町。どんな平和な光景でも、その1コマ先にはドキリとさせる歪みが待っている。
人口が増えることもなく、花井沢町はゆっくりと滅びゆくのだろう。これは日本の姿なのか。背筋がゾクッとした。
<文・卯月鮎>
書評家・ゲームコラムニスト。週刊誌や専門誌で書評、ゲーム紹介記事を手掛ける。現在は「S-Fマガジン」(早川書房)でファンタジー評を連載中。
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