『蜜の島』第4巻
小池ノクト 講談社 \552+税
(2015年3月23日発売)
雑誌「TV Bros.」(東京ニュース通信社)主催の「2014ブロスコミックアワード」で大賞を獲得した『蜜の島』が、全4巻にて完結した。
独特の風習を持つ島――石津島で主人公たちが翻弄される物語は、きれいな着地を見せたのである。
昭和二十二年、復員兵の南雲佳哉は石津島へと向かっていた。戦友・貴船から「妻と子を 妻の故郷の島まで送り届けてくれないか」といまわの際に頼まれたのであった。
そして、母親を失った少女・貴船ミツとともに石津島へと向かうが、乗りあわせた船客は、そのような島は知らない、と言う……。
「幻の島」という物語の舞台を創り上げるにあたり「昭和二十二年」という時代設定が利いている。
現在のように人工衛星からのデータが、インターネットで配信される時代においては、小さな島ですら隠しおおせるものではない。
しかし、戦前の日本であれば、国家権力が地図上に掲載しなければ、島のひとつくらいは隠蔽できたであろう(と、読者に思わせるだけのリアリティはある)。
しかも、その島の存在はアメリカ軍には把握されており、調査のために日本の役人が送りこまれる、というかたちで探偵役である瀬里沢極がスムーズに入ってくる。このあたりのストーリー作りはじつにうまい。
南雲とミツは、調査に向かう内務省の役人・瀬里沢とともに石津島に上陸した。
3人を迎えたのは、瀬里沢の部下・今村均と田夫野人ともいうべき素朴な島民たちであった。農耕と漁業で生計をたて、村長的な者がない、平等な生活をする島民たち。
瀬里沢は、そうした人々も「日本国民」として国家の枠組みに組み入れようとするが……。
共同体に異質な者が侵入し、その軋轢から事件が発生する――というのはミステリや伝奇小説の常套であるが、『蜜の島』もそうした流れを踏んで、物語が進んでいく。
今村を慕っていた島の娘・ハナが崖から転落して死亡した。
島では、死者は埋葬せず、家などにそのまま置いておく風習があった。しかし、瀬里沢は防疫上の観点から、今村に遺体の埋葬を命じる。ところが、今度は今村が襲われる。
ハナを埋葬しようとした場所には、大量の血痕が残され、今村の両腕が埋められていた。
その後も奇怪な殺人劇は続いていくのだが、その背景にあるのは島民たちの独特の価値観・死生観であった。
それを読み解いた瀬里沢が一連の事件を説明してゆく「最終章」は、ミステリの解決編のような爽快感に満ちている。
また、個々の事件に加えて、石津島とは何か、という大きな謎もあるので、読者はどんどんと作品世界に引きこまれていくのだ。
ちなみに、戦友の遺言を受けて島に向かう復員兵――というシチュエーションは横溝正史の名作『獄門島』の本歌とりを思わせる。
また、因習に満ちた共同体で主人公が翻弄されるパターンは同じ横溝正史の『八つ墓村』を連想させた。そうした先行作への目配りもあったのではないだろうか。
最後に作者の紹介をしておく。
小池ノクトは、北海道出身の兄妹の合作ユニット。道尾秀介原作の『背の眼』のコミカライズや深海での殺戮劇を描いた『6000 -ロクセン-』などサスペンスを得意とする描き手で、そうした流れから本書が生まれたわけである。
<文・廣澤吉泰(ひろざわ・よしひろ)>
ミステリマンガ研究家。「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック評担当(隔月)。『本格ミステリベスト10』(原書房)にてミステリコミックの年間レビューを担当。