『ぱらいそ』
今日マチ子 秋田書店 \1,000+税
(2015年6月16日発売)
この人はいったいどこまで行こうとしているのか!?
「マンガ」の枠はおろか、現実とファンタジーの皮膜をスリリングに行きかいながら、善と悪、白と黒、生と死……といった概念を超越してゆく壮大な物語に、感嘆せずにいられない。
『cocoon』、『アノネ、』に続く、「少女×戦争×ファンタジー」シリーズ第3弾にあたる本作。長崎の教会の中のアトリエ「ぱらいそ」を舞台に、戦時下を生きる少女たちの姿が描かれる。 食料に困ったり、山のむこうで空襲があったり、戦争の脅威にさらされながらも、絵を描いたり、恋をしたり、今を生きる私たちとなんら変わらないような日常をおくる少女たち。
小さな罪を犯しながらも、厳しい現実に絡め取られないように戦い、それぞれの天国を探し求めて、必死で生きようとする彼女たちは、けっして単純な「被害者」としては描かれてはいない。
本作を単純に「戦争の悲惨さ」を描いた作品か――ととらえる人もいるだろう。
しかし、叙情的なタッチであくまでサラリと描かれた物語のなかに、幾重にも重ねられたイメージを読み解いてゆくと「少女性」「生と欲望」「罪」といったテーマがしだいに浮かび上がり、そのすごみに息がつまりそうになる。
「長崎原爆投下」を喚起させながらも、ユーカリやセージやセリといった名前をもつ少女たちの物語は、時代や国籍と剥離した、どこでもないからこそ、どこでもありえる物語なわけで、つまりは私たちの物語でもあるのだ。
盗んだ絵の具、原爆の光、天国……など、「白」という色が象徴的に使われているのも興味深い。「白」は純粋さを表すと同時に、世界を濁す色でもある。
一読しただけでは、恐らく作品にこめられた意図の半分も読み取れてはいないのだろう。だからこそ、何度も繰り返し読み、向き合い続けたい1冊。
『文藝』にて連載中の補完テキスト「ぱらいそさがし」もあわせて、ぜひ!
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69