『講談社漫画文庫 徳川家康 新装版』第1巻
山岡荘八(作) 横山光輝(画) 講談社 ¥1,000+税
天正10年7月13日(現行のグレゴリオ暦だと1590年8月12日)は、徳川家康が関東移封を命じられた日である。
“天下人”豊臣秀吉は、後北条の拠点・小田原城を包囲していた。
およそ半年に及ぶ籠城戦の末、ついに北条氏は降伏して開城。この日、秀吉は小田原に入城し、小田原征伐における論功行賞をおこなった。
そこで北条氏の旧領は徳川家康に与えられ、家康の支配領域は伊豆、相模、武蔵、上総、下総、上野、下野の一部となる。
現在の地名でいえば、伊豆半島から北関東まで一円が家康領となったわけだ。しかし、それまで家康が領有していた三河、遠江、駿河、甲斐、信濃には豊臣家譜代の武将が配されることになった。
家康からしてみれば「領土は増えたけど、中央から遠ざけられた」措置といえるだろう。この転封を事前に把握していた家康は、この時すでに配下を江戸に派遣し、国づくりの青写真を描いていたのだから、その切り替えの早さや先見性には舌を巻く。
家康の生涯を描いた傑作といえば、もちろん巨匠・横山光輝の『徳川家康』(原作:山岡荘八)だ。
長年に渡って『三国志』を描いてきた横山は、80年代以降、日本の史劇をモチーフにした作品群を手がけていく。それ以前にも『片目猿』など戦国時代を舞台にした作品はあったが、本格的な歴史劇となると、この『徳川家康』が第1弾となる。
『徳川家康』は、松平竹千代(のちの徳川家康)が生まれる前から物語がはじまり、家康が生涯を閉じるまでの約80年間が描かれている。
前史として松平家の置かれた状況がたっぷりと描かれ、なかなか家康が出てこないので、「家康が活躍する戦国時代もの」を期待していると肩すかしを食らうかもしれない。冒険活劇的に戦国時代の通史をひととおり知るには、横山作品では『豊臣秀吉 異本太閤記』のほうが向いている。
『徳川家康』では、家康生誕前の“前史”や、豊臣政権以降の家康など、マンガの題材になる機会の少ない時代にもスポットが当てられているのが興味深い。一般的な戦国史を知ってから読めば、その奥深さに触れることができるはずだ。
ちなみに家康は、幼少期に駿河・今川家に人質として送られる際に、敵対国の尾張・織田家に誘拐されたことがある。いわゆる竹千代誘拐事件だ。
家康を主人公にした作品ではだいたいこの事件が扱われ、竹千代と吉法師(のちの織田信長)の交流が描かれる。横山版『徳川家康』でも、この通説が採用されているが、この竹千代誘拐事件に疑問を呈す史料が昨年見つかった。
日覚という法華宗の僧が書いた「菩提心院日覚書状」によると、信秀(信長の父)が一時的に岡崎を支配した時期があり、その際に竹千代は人質として織田家に送られたとされる。つまり、「今川へ人質に出す」くだりがなかった、とする説だ。
新説なのでまだ真偽のほどはこれから検証されていくことになるが、このように歴史は、新史料の発見次第では定説が覆されることもあるのがおもしろい。
今後、家康を題材にした歴史作品が描かれる場合は、この竹千代誘拐事件をどのように処理するかも興味深いところだ。
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでの漫画家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama