『SPコミックスコンパクト ゴルゴ13』第105巻
さいとう・たかを リイド社 ¥476+税
1973年8月23日、スウェーデンのストックホルム中心部のノルマルム広場にある銀行で強盗事件が勃発した。
事件発生から5日後の28日夜、地元警察が強行突入をして犯人を逮捕し、人質は全員無事に確保されたのだが、のちの捜査では驚くべき事実が発覚した。事件中、人質たちは犯人に協力的な行動を取っていたばかりか、のちの捜査や取り調べでも犯人をかばうような証言をしたという。
犯罪被害者が犯人と長時間過ごすうちに、犯人に対して共感や同情心を抱く心理作用を「ストックホルム・シンドローム(症候群)」と呼ぶが、その名称は、このノルマルム広場強盗事件に由来して名づけられたのである。
この「ストックホルム・シンドローム」をうまく取りこんだ作品が、さいとう・たかを『ゴルゴ13』の第365話「人質 HOSTAGE」(文庫版105巻収録)だ。
『ゴルゴ13』の各話はシークエンスごとにパート分けされているのだが、本エピソードのPART7のサブタイトルはズバリ「ストック・ホルム・シンドローム」である。
舞台はロシアのモスクワ。ロシアと米国の会社が共同で設立した石油採掘会社「ジェイソン・モスクワ石油」の本社に1台のトラックが突撃し、武装集団によって本社ビルが乗っ取られてしまう。
武装グループは具体的な要求を提示しないので、その目的は判然としない。そこでジェイソン石油側は交渉人(ネゴシエーター)を派遣する。交渉人のスティーブ・マコーマーはそのままビル内に人質として残り、意図的に「ストックホルム・シンドローム」が起きるように犯人側と人質側を誘導し、武装集団の目的を探ろうとするのであった。
「ストックホルム・シンドローム」の現象をそのまま描くのではなく、その心理作用を利用しようとするアイデアが秀逸だ。
しかし、人質のなかには、ゴルゴ13の姿があった。はたしてゴルゴの目的は……?
作品が描かれたのは1997年6月。1991年のソ連崩壊から間もない時代、社会体制と経済が混迷の極みにあるロシアで各陣営の思惑が錯綜する。
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでのマンガ家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama