『ふわり!』第1巻
元町夏央 小学館 ¥524+税
84年前のきょう、1機の水上飛行機が北海道・根室のとある港近くの海に着水した。
北太平洋を横断する航路を調査すべく、はるかニューヨークを飛びたちカナダ、アラスカを経由。シベリアを越えて日本までたどり着いた単葉機の名は、ロッキード・シリウス号という。
搭乗者はチャールズ・リンドバーグおよびアン・モロー・リンドバーグ。
1927年に単独無着陸で大西洋を渡り、わが国では「翼よ、あれがパリの灯だ!」という有名な創作フレーズを担わされた飛行家・リンドバーグ。そしてその妻である。
根室市の記録では、当日は朝から港周辺に群衆が集い、“空の大使”リンドバーグ夫妻の来航を待ったという。
やがて国後島の方向から飛来したシリウス号が無事に着水すると市民は大喜び。
アン夫人は後に『翼よ、北に』という著書で日本に関する章を設け、自分たちを熱狂的に歓迎した根室の人々にも言及している。
いっぽう、大きな歴史ベースでは、当時は満州事変(同年9月18日)の直前。
太平洋戦争へ向けて日米関係がキナくさくなる頃で……と入り組んだ背景はあるが、そのへんは置いておこう。
今回は飛行機・熱狂・着水……といった要素につなげて、『ふわり!』というマンガをおすすめしてみたい。
題材は、人力飛行機による「鳥人間コンテスト」を目指す人々の人生模様だ。
主人公は24歳のシステムエンジニア系派遣社員・星野大。
実家は精密機械のパーツで評価の高い工場だったが、父が事業で痛手をこうむり会社が立ち行かなくなった境遇にある。優れた技術者だった父はいまや虚しく酒浸り。
機械作りに心血を注いだ父の末路を見た星野は、世の中にあふれる情熱や夢に関する言葉に反発し、そういった気持ちを封じこめて生きてきた。
だが、彼は出会ってしまう。
どんなに否定しても血をたぎらせるもの。人力飛行機の魅力に。
派遣先の社長が主導する人力飛行機チームの存在を知った星野は、ある経緯でその飛行機に搭乗することになる。
自分の足から伝えた力が空を飛ぶ力へ変換され、機体が「ふわり!」と舞う瞬間の快感。
肉体と機体そして風が一体になり、どこまでも飛び続けたいと願いがこみ上げる。
だれよりも情熱を否定していた星野が、試験飛行で起きた事故をきっかけに意気がくじけたチームのなかでただひとり飛ぶ意志を燃やして周囲を感化する逆転的な展開には、すがすがしいというにはおさまらない熱量がこもっている。
キャラクターでは、社長の姪で、本来のパイロット候補だった女子高生・葵が鮮烈だ。
強い自立心をもって星野にひとつの飛び方(=生き方)を示す彼女は、本作の力強さを読者へ伝達する軸だ。
全2巻で、1巻の表紙は星野、2巻は葵が単身で描かれているあたり、この2人を対にした物語であることが示されている。お読みになる際は、葵ちゃんの視点も意識してダブル主人公として受け取るとよりアツい気持ちが味わえるだろう。
リンドバーグ夫妻の太平洋横断を夫妻2人そろっての功績とみなすべきであるように、だ。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7