365日、毎日が何かの「記念日」。そんな「きょう」に関係するマンガを紹介するのが「きょうのマンガ」です。さて、本日読むべきマンガは……。
ちくま文庫『テロルの系譜 日本暗殺史』
かわぐちかいじ 筑摩書店 ¥740+税
時は関東大震災直後の、1923(大正12)年9月16日。その戒厳令のさなかに、甘粕事件は起こった。
アナキストの大杉栄と内縁の妻である伊藤野枝、そして当初は2人の子と思われていた大杉の甥の3名が、陸軍大尉・甘粕正彦を中心とした憲兵隊員に殺害された事件である。
副題を「日本暗殺史」と銘打った『テロルの系譜』には、明治の紀尾井坂の変(大久保利通の暗殺)から昭和の東條英機まで9編が綴られている。
そのなかでも、この甘粕事件を採り上げた「斬ノ五 謀殺大尉 甘粕正彦」は、ひときわ印象的に描かれた名作だ。
憲兵隊の分隊長、甘粕正彦は関節炎で傷めた膝で満足な歩行ができず、そのために歩兵から憲兵となった。不自由な足は人の口さがない噂にもなり、彼を苦しめる。
かつての上司の東條英機に、憲兵も軍人かと尋ねたこともある甘粕。常に、誰にも恥ずかしくない軍人であれというプライドがうかがわれる。
ある日甘粕は、秘密裏に大杉栄を討つよう命じられ、それを受諾する。
そして決行当日。司令部で大杉を尋問するなかで、ついに甘粕は――。
いろいろ調べてみると、甘粕事件が実際に甘粕大尉の犯行かどうかは、あれこれ取りざたされてはいるが、結局答えは出ていないようだ。
著者はあとがきで、学生運動盛んな頃に戦争や権力に対して数々の問題を突きつけられ、やがてプロの漫画家になってから、それに対する自分なりの解答として描いたのがこの『テロルの系譜』であると述べている。
史実の説明は少ないが、だからこそ興味をそそる内容でもある。気になる人はぜひ、自分で歴史の資料をひもとくことをおすすめする。
甘粕事件にかぎらず、このマンガに収録された9編どれもが、テロリストの心のなかに光を当てた作品だ。
正義のため、社会のためという大義の奥に隠された、人間個人の葛藤を見事に表現している。
何が本当の正義なのか不明瞭になっている時代には、うってつけの一冊かもしれない。
<文・山王さくらこ>
ゲームシナリオなど女性向けのライティングやってます。思考回路は基本的に乙女系&スピ系。
相方と情報発信ブログ始めました。主にクラシックやバレエ担当。
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