日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『のんのんばあとオレ』
『水木しげる漫画大全集 のんのんばあとオレ』
水木しげる 講談社 ¥2,200+税
(2015年10月2日発売)
水木しげるが鳥取の境港で過ごした少年時代のエピソードを綴った『のんのんばあとオレ』。
小説版とマンガ版があるが、本書は1992年に講談社より描きおろし刊行されたマンガ版『のんのんばあとオレ』全2巻に加え、1977年に筑摩書房より刊行された小説版の挿画、そのほか、カラーイラスト数点を収録したものだ。
ファンには水木しげるの「妖怪の師匠」として知られる「のんのんばあ」。
水木家に乳母として出入りしていた彼女は、不思議なものを感じる能力があり、しげる少年にお化けや妖怪の話を語って聞かせた。
樽風呂も身体もきれいにしておかないと「あかなめ」に取り憑かれる。
不信心の者が都合のいいときだけ拝むと鳥居から「おとろし」が落ちてくる――。
人々の暮らしのなかに、お化けや妖怪など、目に見えない世界のものがごく当たり前に存在した時代。
大人と子どもの世界も、今よりはずっと厳しく区別されていて、子どもたちは厳しくも大らかな村の大人たちや自然に見守られ、ときにはケンカをしながらも思いっきり遊び、傷つき、少しずつ様々なことを学びながら、大人になっていった。
そんな今はなき「日本の原風景」の姿が、豊かな自然描写とともにいきいきとユーモラスに描かれていて、読むほどに魅了される。
もちろん、人々の暮らしは今よりもずっと貧しく、厳しくもあった。
作中にも妖怪以外に、結核、人身売買など、前近代社会の「闇」を象徴するようなエピソードが登場するが、その描写は哀しくもファンタジックで美しく、小豆洗いの「運命に逆らうな 天につばを吐けば己に災いがふりかかる」というセリフのような、現在までに通じる著者の人生哲学がうかがえる。
現在、東京の核家族で子育て中の母としては、昔はムラにひとりはのんのんばあのような人がいたんだろうなあ……と思うと、かなりうらやましくもあるわけで。
子どもたちの想像/創造力を育むためにも、ぜひ育児政策にのんのんばあを取り入れてほしい! と切に願わずにいられません。
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69