日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『水木しげる漫画大全集 20世紀の狂気 ヒットラー他』
『水木しげる漫画大全集 20世紀の狂気 ヒットラー他』
水木しげる 講談社 ¥2,300+税
(2015年11月2日発売)
水木しげるの伝記モノは、とにかく魅力的なものが多い。南方熊楠に平賀源内、シュヴァル、スウェーデンボルグ、宮武外骨、泉鏡花……などなど、有名無名・国籍問わず、水木さん自身が興味を抱いた人物だから、おのずと「変人」ばかりなのだが、なかでももっとも著名かつ異色といえる作品が『劇画 ヒットラー』だろう。
少年時代から画家を志すも、美術学校の受験に二度も失敗。貧乏な放浪生活を経て、ドイツ軍に入隊。
ショボイ若造の集まりだったドイツ労働者党(のちのナチス)の実権を握り、山師さながらの演説で国民を熱狂に陥れ、独裁者の道を突き進んでゆくヒットラーの生涯を、水木さんは肯定も否定もせず、ただ淡々と描いてゆく。
その淡々さのかもし出す「凄み」と「軽さ」こそが、水木ワールドの真髄なのだろう。
どんな変人も偉人も、人類の歴史に永遠に名を刻まれる悪魔・ヒットラーも、じつのところは荒唐無稽な夢のために必死でもがきながら生きていた「ただの人間」だった……と思うと、おかしいような哀しいような、なんとも言えない気分になる。
本作の解説で、みなもと太郎は「ヒットラーは、人間社会に出現した妖怪だ」というタイトルの文を寄せているが、なるほど妖怪とは人間の不安や好奇心の権化でもある。水木さんの描く妖怪に私たちが魅了されるのは、そこに自分の本性を見るからかもしれない。
本作にはほかに、感染制御の父・ゼンメルワイスやベートーベンの伝記、レアな短編自伝数作も収録。
『劇画 ヒットラー』は既読という人も、要チェックだ。
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69