話題の“あの”マンガの魅力を、作中カットとともにたっぷり紹介するロングレビュー。ときには漫画家ご本人からのコメントも!
今回紹介するのは『このマンガがすごい! comics ひとり暮らしの小学生 江の島のあしあと 松下幸市朗短編集』
『このマンガがすごい! comics ひとり暮らしの小学生 江の島のあしあと 松下幸市朗短編集』
松下幸市朗 宝島社 ¥700+税
(2017年10月7日発売)
時は1980年代。神奈川県・江ノ島に、ある定食屋があった。
そこはなんと、小学4年生の鈴音リン(9歳)がひとりで切り盛りしていたのだった……。
Kindleで個人出版していた作品が話題になり、ネット上であれよあれよと大好評。宝島社から単行本が発売されたばかりか、この10月にはアニメ版が公開される(スマートフォンアプリ「タテアニメ」)『ひとり暮らしの小学生』。
このマンガを楽しむ上で乗り越えるべき壁、それは「常識」だ。えっ、小学4年生がひとり暮らし? 両親が亡くなり、あとを引き継いで食堂を経営だって? ふつー児童養護施設に引き取られるだろう。それに、飲食店営業許可を引き継ぐ手続きはだれがしたんだ。
そこは読者がすでに通過した地点。マンガはマンガ、現実は現実。創作にリアルが必要ない、とはいわない。「作品により、リアリティラインが異なる」ということだ。
だれも異世界転生ものの「転生」や「チート能力」にリアルを求めたりしない。
年端もいかない女の子のひとり暮らしといえば『じゃりン子チエ』が大先輩だが、「大阪・新世界近くのうらぶれた風景」というリアルと「ネコがケンカの強いおっさんを張り倒す」ファンタジーが同居していた。
この「ひとり暮らしの小学生」は、現実で様々な傷を抱えた人たちがひと時、憩いと安らぎを楽しむ世界だ。この世のどこかにあるという江の島(神奈川県藤沢市です)を舞台に淡々と過ぎていく優しげな時間。そこに冷ややかな「常識」を持ちこむことは、心の銃刀法違反なのである。
主人公のリンちゃんはすごく貧乏だ。「服にツギハギが当たってる」という表現を見たのは『てんとう虫の歌』(1974年にアニメ化)以来だろうか。ここまでストレートに見間違いようがなく貧乏なのは、ファンタジーの領域に突き抜けていて清々しい。