複雑化する現代。
この情報化社会では、日々さまざまなニュースが飛び交っています。だけど、ニュースを見聞きするだけでは、いまいちピンとこなかったりすることも……。
そんなときはマンガを読もう! マンガを読めば、世相が見えてくる!? マンガから時代を読み解くカギを見つけ出そう! それが本企画、週刊「このマンガ」B級ニュースです。
今回は、「マンガ界の巨星、水木しげるが遺した功績」について。
『講談社漫画文庫 完全版 水木しげる伝』上巻
水木しげる 講談社 ¥820+税
(2004年11月12日発売)
先日、水木しげるセンセイが亡くなられた。
第一報が報じられると、SNS上には多くの哀悼メッセージがあふれた。そうか水木サンも死ぬのか、と当たり前のことに日本中が「フハッ」と驚いてしまったわけである。
しかし、通常の訃報とは異なり、悲嘆に暮れるというよりも「別の世界に旅立っていった」「あの世へ取材に行った」とだれもが感じているところが印象的だ。
それというのも、93歳という長寿をまっとうしたことも理由だろうが、水木センセイの人柄や作品を通じて表現してきた独特な死生観が広く知られているからにほかならない。
漫画家としての水木センセイの功績は、あらためて説明する必要もないだろう。
半世紀以上にわたり世界中の読者を魅了し、読む者の常識を揺さぶり続けた「水木しげる」という唯一無二の“オモチロイ”作家は、どういう存在だったのか。
今回は追悼の意味をこめて、水木センセイ特集をお送りする。
『ちくま文庫 河童の三平(全)』
水木しげる 筑摩書房 ¥1,200+税
(1988年6月発売)
水木センセイの死生観や世界観を強烈に感じさせるのは『河童の三平』だ。
河童によく似た少年・河原三平は、山奥で祖父と2人暮らしをしていた。
あるとき河童に間違われて、河童の国に連れていかれてしまう。やがて三平は、河童のかん平とさまざまな世界を見聞していくことになる。
はじめ三平は「河童ってほんとうにいるの?」と言っていたのに、地底から死に神が出てきたり、タヌキと会話したり、当たり前のように人間以外の存在と交流を深めていく。
河童(=妖怪)を「人間より先に存在した種族の末裔」と位置づけている水木作品共通の世界観も、本作から読みとることができる。
動物も妖怪も神様も、この世に人間以外の存在がいることは、けっして不思議なことではない。人間の住む世界以外にも、この世にはあらゆる世界が存在するのだ。
祖父を亡くした三平は不在の父に泣きごとを言って寝入ってしまうが、そんな三平にいつのまにかタヌキが添い寝していたりする。このボーダーレス感が水木ワールドだ。
登場キャラクターはあっさりと死ぬし、それは非合理だけど不思議なことではなく、生と死は分かつことのできない包括的なひとつの世界なのだと語りかけてくる。
『ちくま文庫 悪魔くん千年王国(全)』
水木しげる 筑摩書房 ¥1,000+税
(1988年6月発売)
天才的な頭脳を持つ少年・悪魔くんが、メフィストら十二使徒を率いて悪魔退治をする冒険活劇といえば、『悪魔くん』である。
テレビドラマやアニメにもなったので、「エロイムエッサイム」の呪文はだれしもおぼえているのではないだろうか。
この勧善懲悪的な“子どものヒーロー”としての悪魔くん像は、「週刊少年マガジン」で連載されたバージョンに由来する。
それ以前に描かれた『悪魔くん』は、世界の全人類が平和に暮らせる理想社会「千年王国」の樹立をめざす革命の物語だ。このバージョンは、のちに「週刊少年ジャンプ」でリメイク(1970年)され、そのリメイク版が『悪魔くん千年王国』(ちくま文庫)として読むことができる。
格差のない社会を理想郷としているあたりに、ある種の思想性を感じとれるが、同時に諦念も通底している。人間はどこまでも矮小で、理想に生きようとしたって無理がある。
「ダメ人間を受けいれる」おおらかさも、水木作品の特徴なのだ。
なお、水木センセイは海外でも高く評価されており、点描を使った絵画的な風景とマンガ的な線画の人物を組みあわせた技法が取り沙汰されることが多い。
そうした「水木絵の魅力」は、この『悪魔くん千年王国』が特に顕著だ。作家として脂の乗った時期に描かれた「水木濃度の高い」作品といえる。
ようするに、問答無用でカッコイイのである。
『水木しげる特選怪異譚2 鬼太郎のベトナム戦記』
水木しげる 文藝春秋 ¥933+税
(2000年3月発売)
さて、『悪魔くん』とくれば、もちろん『ゲゲゲの鬼太郎』もハズせない。
じつは悪魔くん(上記『千年王国』版)と鬼太郎は、対決したことがある。それが『鬼太郎対悪魔くん』である。
千年王国樹立をめざすも志半ばで倒れた悪魔くんは、持ち前の頭脳を発揮して地獄を統一し、地獄と地上の統一を目論む。悪魔くんにとっての理想郷とは、生まれたときも、死んだあとも「平等な社会」なのだ。
それに対して鬼太郎は「のんびりしたいから」との理由で妖怪軍団を率い、魔物軍団に抵抗する。
水木センセイの生み出した2大スーパースターがガチンコで激突するのだから、ファンならずとも一見の価値アリだ。
この短編は『水木しげる特選怪異譚2 鬼太郎のベトナム戦記』(文藝春秋)に収録されている。
ちなみに表題作『鬼太郎のベトナム戦記』は、鬼太郎率いる妖怪軍団がベトナム戦争に参戦し、南ベトナムに荷担してアメリカ軍と戦う異色ストーリー。
ヒットしたキャラクターであっても、わりとぞんざいに使いまわすのでビックリするかもしれないが、そんな無頓着さも水木センセイの魅力だったりする。
ウエンツ瑛士主演で映像化……とかは、さすがに無理だろうけど。
『講談社漫画文庫 完全版 水木しげる伝』下巻
水木しげる 講談社 ¥820+税
(2005年1月12日発売)
水木センセイは自伝的作品やエッセイを数多く残しているところも特徴だ。
ご自身の戦争体験に基づく実録もの(『総員玉砕せよ!』、『敗走記』など)が有名だが、作家としての生涯を追うのであれば『完全版水木しげる伝(下)』(講談社漫画文庫)をオススメしたい。
本作は(上)(中)(下)と続くシリーズで、(上)(中)では生誕から戦時中までの話がメインで、『コミック昭和史』と重複する場面も多い。
この(下)では復員してからの生涯が語られ、結婚、貧乏生活、漫画家としてのデビュー、水木プロダクション設立……と、「作家・水木しげる」にスポットが当てられている。
NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』にハマっていたファンにも、なじみ深い一作ではないだろうか。水木センセイのハチャメチャな一代記として読めるのはもちろんのこと、その時々の時代背景や社会事情をかいまみることができるのも楽しい。
巻末には関東水木会(京極夏彦が所属することでも有名な水木しげる研究団体)が作成した水木しげる年表もあるので、資料性も抜群だ。
水木センセイはあの世に旅立たれたが、この世には膨大な数の著作が残された。
われわれは、今後も水木作品を愛読し続けるだろう。
そして水木センセイという“オモチロイ”存在を、語り継いでいくことになる。
センセイ、長いあいだおつかれさまでした。
そして、これからもよろしくお願いします。