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『太郎は水になりたかった』 大橋裕之 【日刊マンガガイド】

2016/01/03


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『太郎は水になりたかった』


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『太郎は水になりたかった』
大橋裕之 リイド社 ¥666+税
(2015年11月11日発売)


太郎とその親友・ヤスシの中学生活を描いた本作。
異性にモテたいとか、なにかデカイことをやりたいとかいう情熱は人並みにあれど、何をどうすればいいのかサッパリわからず、「手でお椀の形を6時間作ると、おっぱいが現れる」といったナゾの行為に没頭したり、妄想や虚言を繰りかえしては自爆したり。

「青春」と呼ぶにあまりに地味で鬱屈とした2人の日々の中に浮かび上がる、雨上がりの虹のようなうっすらした希望。
あくまでバカバカしく無為なタッチのなかにも、思春期特有の「あの感じ」がリリカルに繊細に描かれていて、懐かしくって切なくって、胸をしめつけられずにいられない!

秀逸なのが、背中に羽が生えた転校生の話。
自由に空を飛べる彼を女子はこぞって「かっこいい!」と騒ぎたてる。それを眺めて「狂ってる」と言う、太郎とヤスシ。
しかし、その転校生のある欠点が明らかになるやいなや、彼女たちはてのひらを返したように彼をバカにするようになる――。

まさに人間の残酷さ、ひいては世界の不条理を象徴するエピソードなのだが、この際の2人のあたかも異次元の人間を眺めるような引いた眼差し。
この現実からの剥離が、すなわち、大橋裕之にとっての「SF」なのだ。

死体ごっこをする同級生、時計の顔をもつ女生徒、ドブみたいな味のコーヒーを出す喫茶店のマスターである太郎の父……。
太郎とヤスシだけでなく、本作に登場する人々の多くもまた、滑稽で不様で切なく愛おしい。

「黒歴史」と切り捨てたくはない、「不完全燃焼な青春」のマスターピースというべき一冊だ。



<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69

単行本情報

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