日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『剣術抄 新宿もみじ池』
『剣術抄 新宿もみじ池』
とみ新蔵 リイド社 ¥630+税
(2015年11月27日発売)
とみ新蔵の時代劇マンガといえば派手な剣戟アクションだけではなく、実際に剣術家でもある著者自身の経験に裏打ちされたマニアックな剣術うんちくも見どころとなっている。
とはいえ、やはりうんちくはうんちく。
どうしてもメインテーマたりえず、あくまでもドラマを引き立てる添え物的な存在……と、多くの人が考えていたものの、近年開始された『剣術抄』シリーズでは、そんな剣術知識を前面に押しだした作品となっているのだから驚きだ。
本シリーズでは、スポーツとしての剣術と実戦の剣術の違いや、実践的な剣術の修行過程を微に入り細をうがつように徹底的に描くことで読者の興味を誘い、それ自体をエンターテイメント化することに成功。
著者が長年に渡り追い続けてきた「剣術」という技術体系そのものを主役にすえるという、なんとも意欲的な作りとなっている。
そんな著者のライフワーク的シリーズ『剣術抄』の最新単行本『剣術抄 新宿もみじ池』が、このたび、発売した。
無情な武家社会に翻弄される師弟同士の悲劇的な果たしあいを情感たっぷりに描いた表題作も見ものだが、特に注目したいのはあわせて収録された短編作品「孤高の虎」だ。
つねに「実戦での剣術」をテーマにしてきた本シリーズ。
本当の実戦とは何が起きるかわからない、剣術家同士の戦いだけとは限らないはずだ、と言わんばかりに、第1作『剣術抄』では、格闘技、鎖鎌、手裏剣、乳切木(ちぎりき)など、様々な武器の使い手との戦いや、はては古代中国の武将、コロッセオの剣闘士、フェンシング選手、短銃使いなどなど……実際ではありえないような敵を相手にした「異種剣術戦」を想像力豊かに描いてきた。
しかしながら「孤高の虎」での敵は、人間とは異なる種族という意味での「異種」。なんと動物の虎が相手なのである。
文禄の役と慶長の役の間の休戦期、ふとした些細なきっかけから加藤清正配下の武芸者たちは、明国の使者が連れてきた巨大な虎を相手に御前試合を行うこととなってしまう。
人間をはるかに超えた身体能力と刃物の知識を持った猛獣に対し、武芸者たちは次々と食い殺されていく。
はたして剣術家の、人間の力はどこまで通用するのか……、という奇想天外なストーリーは、まさに「とみ剣術もし戦わば」的思考実験の臨界点。
時代劇マンガに興味はあるけど、どの作品を取っかかりにすればいいかわからない……、と迷う読者にこそ読んでほしい、強烈なフックを持った作品だ。
<文・一ノ瀬謹和>
涼しい部屋での読書を何よりも好む、もやし系ライター。マンガ以外では特撮ヒーロー関連の書籍で執筆することも。好きな怪獣戦艦はキングジョーグ。