日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『タカコさん』
『タカコさん』第1巻
新久千映 徳間書店 ¥580+税
(2016年1月20日発売)
うむむ、困った。
『ワカコ酒』の新久千映が描く『タカコさん』は、じつに説明しづらい作品なのだ。
簡単に説明すれば「人よりも、ちょっと耳がいい女の子の物語」。ただし、この能力を使って事件を解決するとか、お金もうけをするとか、成り上がっていくとか、そんな話ではない。
タカコさんは都内のレストランで働く、ごく普通の26歳。ちょっと耳がいいので、ほかのホールスタッフが気づかない、小さい声のお客さんが「すいません…」と呼ぶ声にもピクリと反応できる。
仕事上の利点はこの程度のささやかなものだ。
聴力的にも多少はすぐれているのかもしれないが、タカコさんは人の息づかいに、いつも耳をすませている。そうすることで「ひとりじゃない」ことがわかるから。
アパートの1階でひとり暮らしをする彼女は、住人たちが奏でるトントンという包丁のリズムや、干した布団をポクンポクンと叩く音に目を閉じ、彼らの毎日に想いをはせ、元気をもらっていく。
ガヤガヤとしたファミレスのほうがホッとできたり、目抜きどおりに面したオープンカフェのほうが読書に集中できたり、そんな経験はだれしもあるだろう。
タカコさんは、そこに感受性をプラスして楽しむ日常生活の上級者なのだ。
うむむ、こんな解説であっているのかはわからないけど、コインランドリーでゴウンゴウンと回る乾燥機の音を聴きながら『タカコさん』を読んでいたら、なんともいえない、ほっこり気分ができあがった。これは新しいタイプのマンガ体験だ。
忙しさに心を亡くしかけているそこのアナタ、タカコさんといっしょに耳をすませてみてはいかが?
<文・奈良崎コロスケ>
マンガと映画とギャンブルの3本立てライター。中野ブロードウェイの真横に在住し「まんだらけ」と「明屋書店」と「タコシェ」を書庫がわりにしている。著書に『ミミスマ―隣の会話に耳をすませば』(宝島社)。