365日、毎日が何かの「記念日」。そんな「きょう」に関係するマンガを紹介するのが「きょうのマンガ」です。
3月29日はベトナム戦争が終わった日。本日読むべきマンガは……。
『小学館文庫 パイナップルARMY』第1巻
工藤かずや(作) 浦沢直樹(画) 小学館 ¥581+税
冷戦期下の長い間、アメリカにとって戦争といえば「ベトナム戦争」だった。
それまで負け知らずのアメリカが、初めて完膚なきまで負けた戦争である。
今でこそ無人機やハイテク兵器をどかどか投入し、圧倒的な強さで安全に、敗北とは無縁の戦いを続ける米軍だが、当時は敗北のトラウマで、アメリカはその後しばらく本格的な戦争に手を出せなくなるほどだった。
1973年の今日3月29日は、最後のアメリカ軍人がベトナムから撤退し、ベトナム戦争が終わった日だ。
この戦争は、最初、イデオロギー対立で南北に分断されたベトナムで、ソビエト連邦率いる社会主義勢力から自分たちの掲げる自由民主主義勢力を維持するため、アメリカが「南ベトナム」にちょっと手を出したことから始まった。1961年のことだ。
敵は「北ベトナムおよび南ベトナム解放民族戦線」、通称「ベトコン」。
正直なところ、アメリカは、アジアのジャングルに潜む三流国家に負けるなんて、つゆほども考えなかっただろう。
しかし、ずるずると10年超の戦いを続けるハメに……。いわゆる“泥沼”だ。
アメリカは最終的に推定6万人もの戦死者を出していた。
そんなわけで、今日紹介するのは、浦沢直樹の『パイナップルARMY』。
主人公のジェド・豪士は、海兵隊としてベトナムで戦い抜いた元傭兵。戦闘テクニックに優れ、現在は戦闘インストラクターとして様々な人々を訓練している。
ジェドと仲間たちは、様々な仕事を通して、テログループと対決していき、やがてひとつの真実が見えてくる。
いくつものテログループを束ね、人類滅亡を狙うテロ組織をリーダーとして率いる人物こそ、かつてベトナムでジェドの部隊を壊滅させた男だったのだ……。
トラウマを抱えた当時のアメリカ同様、本作に登場する人物の多くは心に深い傷を負っている。
ドンパチはあるものの、この作品は単なる戦闘アクションではなく、あくまでも濃厚な人間ドラマがメイン。
浦沢作品を映画に例える人は多いが、この作品も、人々の想いで紡がれるシナリオに、緻密にリアルに描かれた当時の世界観がより深みを与えている。
『パイナップルARMY』は、あとに続く『MASTERキートン』や『MONSTER』など、浦沢直樹のシリアス系作品群の礎ともいえ、胸に突き刺さるセリフや表情を駆使して深い心理面を描ききる、浦沢節の原点を探るにふさわしい作品だ。
ちなみにアメリカは、1991年の湾岸戦争でサダム・フセイン相手に、ベトナムの鬱憤を晴らすかのような勢いで圧勝。以降、自信を取り戻したアメリカの戦争に対するハードルはだいぶ下がったようだ。痛みに耐えていた冷戦下のほうが、世界にとっては比較的平和な時代だった、というのは、皮肉としかいえない。
<文・沼田理(東京03製作)>
マンガにアニメ、ゲームやミリタリー系などサブカルネタを中心に、趣味と実益を兼ねた業務を行う編集ライター。